menu
JP/EN

一覧形式 | 詳細形式layout change

1 2OlderOldest »

  • 2018.01.08
    『幻日本コジキ・ZA2:神生み-世界の果ての見えない王国-』
    editor:too hajimu

     『幻日本コジキ・ZA2:神生み-世界の果ての見えない王国-』
    絵・文:十一







    「もしもし?」
    「こちら赤い樹1号室コールセンター№一不可説不可説転マイナス9です。」
    「・・・はい・・・。」
    「お忙しいところ申し訳ございません。<初めての家>イザ様とイザナ様でお間違いないでしょうか?」
    「?・・・はい。」
    「お時間よろしいですか?」
    「はい。」
    「桃色信長様よりお荷物お預かりしております。再配達させていたただきたいのですが、いかがでしょう?」
    「も・も・い・ろ・の・ぶ・な・が・さ・ま?」
    「左様です。幾度か配達に伺っているのですが、お客様がお留守のようでして。」
    「はあ。」
    「異次元アインシュタイン便でお預かりしております。今からお送りさせていただいてもよろしいですか?」
    「異次元、アイン、シュタイン便?」
    「はい。時空を超える光速の冷凍便です。あっちからこっち、こっちからあっち。時と場所を超えて言葉より早くお届けいたします。」
    「は、はい。」
    「では、ただい、」
    ま、と言う前に赤い大樹の中にストンと落ちてきた。

    -5分前-
    イザとイザナは今日も元気。
    毎日の始まりは遠くに向かって声を出す。
    <ぐあぐわげーん、ぎゅわばらじょ~、んぢゃばにょ~ん、どびょーびばっちゅーいっ!>
    ストレッチを充分にしてから四股を踏み、股をわる。
    身体全体に血液が回ったことを確認すると、二人は相撲を取る。
    ここ最近、イザはイザナによく投げ飛ばされてあまり勝てない。
    <土俵際が弱いんだよなあ>とイザは今日も呟いた。
    イザの肩をぽんっと叩き、
    「キーピンタッチ、一蓮托生、森羅万象、開心見誠。」イザナは笑って言った。
    ネイティブの英会話教師がTVCMで<あなたもできる!>みたいなことを言って、見ている方はイラっとして、英会話教室の経営陣は<おまえらはできねえ>と知っていて、僕らをカモだと笑っていて、経営者とはそういうもんだ、そうイザは思った。ダイエット食品もだ。やるせない。
    イザは腰を上げ、四股を踏んだ。
    イザナは自分たちが生んだ遠くの島々に声をかけている。
    「愛だー! 愛だよー!」
    二人が生んだ国々はにこにこ笑ったり、ぐずったり、すやすや寝ていたり、にゃーにゃーと泣いたりしている。
    電話が鳴った。
    252588,2588
    赤い大樹の枝になった実がぴこぴこ光って鳴っている。
    それに気付いたイザはその実を捥ぎ取るとぴーっと枝から線が出て、
    その実が半分に割れて、ザーザーした砂嵐を映し出している画面から女の子の人形が現れた。
    「もしもし?」




    「お受け取りのサインをお願い致します。」
    画面に映った女の子が言った。
    女の子の後ろにはまったく同じ顔の女の子たちが永遠に並んで机に座り、一様にお客様対応をしている。
    みな同じヘッドセットをしていて、みな裸。で、同じ髪型。
    「サイン?」
    「音声認証でも結構です。YESとお答えください。」
    「・・・YES.」
    「どうもおおきに毎度あり。何かお困りの際はいつでもご連絡お待ちしております。電話番号252588,2588(にこにこぱっぱ・にこぱっぱー)。」
    呪文のようにテレフォンオペレーターは言った。
    何万と整頓されたデスクに裸で並び、252588,2588と唱える人形少女のテレフォンオペレーター。
    だれが社長で、だれが経営者なんだ?とイザは思った。
    252588,2588
     
    イザはイザナを呼び、赤い大樹の中に冷たい煙を出して鎮座する荷物を取り出して二人の間に置いた。
    なんだこれ? ももいろのぶなが? だれだそれ?
    ひんやりとしたその塊は桐の木箱で表に唇のシールがたくさん貼ってある。
    安心安全・252588,2588・異次元アインシュタイン便と大きく書かれていて、
    見えないものへ、黒へ、光へ、とキャッチコピーが小さく記されている。
    目ん玉のイラストとその下に<INVISIBLE INC.>と印刷されている。
    イザはイザナを不安げに見上げると、
    イザナはいつもこういうとき、きれいに笑った。
    ほわほわと冷気を放つこの箱をどうやって開けるんだろう?とイザナが思案していると、
    箱に張られた唇たちがぞわぞわ動き始め、円になって回り、唇たちが光速回転する中心に黒い穴ができ、その穴にイザナが親指を入れるとガチンガチンと何かが外れていく奇妙な木と鉄の音が幾度か鳴って天板がすっとすこしだけ横にずれ、その隙間から冷たい煙が立ち昇った。
    年でもとるのだろうか?
     
    イザナはイザに目配せして蓋を開けるように目で言った。
    イザは小さく震える手で蓋に触れると、
    「やっぱり私が、デキル!」とイザナが大絶叫して結局イザナが蓋を開けた。
    もやもやと煙があがり二人は身震いして中を覗き込んだ。
    高価な布に包まれたものが三つと指輪が二つ、火で焦げた跡がある巻物が一本、そこにはあった。
    指輪には双子の二つの顔が刻まれている。




    「わしは今、この手紙を火の中で書いておる。ここ本能寺。金柑頭めが攻めてきたようじゃ。ま、良いわさ。人間五十年下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。良いわさ、良いわさ。敦盛を舞い次へ行こうぞ。イザ殿、イザナ殿、そなたたちにこの書を記す。火の手が近づいてきた。なんじゃ、ありゃ、どでかい鳩が

    途中で失敬。
    火の手がいやに早かったので筆を折らざるえなかった。先の文は天正10年6月2日の未明に書いたものじゃ。金柑頭が攻めよってな。ようやりよったわい。火の手が上がり炎に囲まれ万事休す。これが天下人の最期かと腹に刀を入れようとしたとき、小さな火の玉がそよそよ浮かび、近寄ったかと思うと、心臓?いや、現れてな、桃が。して、桃が鳴りよった。252588,2588とな。その鳴りよる桃を手に取るとパカッと割れてな、そこに映った裸の幼子がわしにこう言いよった。<ヒノコ様からのご伝言です>とな。はあ? わしは鬼のように笑ったわい。伝言とはこうじゃ。ヒノコの映像が流れ、後ろに桜の木が一本はえておった。<桃色と死、どちらがよろし?>と始まった。わしはようわからなんだ。ヒノコが<私はママを殺し、これからパパに殺される。桃色を選ぶならセンヘイに。死ならどうぞご自由に>とな。そして桃色ならと二つ交換条件を出してよこした。

    わしは今、桃色信長となってエーゲ海のオスマン帝国、昨今ギリシアと呼ばれる土地にいる。
    ここへ来る前にはいつかインドと呼ばれる場所に寄り、ムガル帝国の君主アクバルに会い、異相のわしを天下人として丁寧に接待していただき、アクバル大帝の勧めでヴァールミーキやヴィヤーサが残した叙事詩を堪能した。
    またその後、イタリアではピサ大学でガリレオ教授に教えを請うた。天と地、生命。深いのお。深い。
    白い家々が立ち並び、エーゲ海が一望できるテラスで今この書をしたためておる。
    プラトンとアリストテレスの哲学書を読む日々じゃ。深い。
    『知性』という名の老人が言った。<お前に与えられたものは差別と無知と恐れと肉だ。>
    『思い出』を売り買いする商店の女主人が言った。<この商売で大切なことは健全な実感と失うことの強さ、獲得することの犠牲。つまりは誰もが人生には“思い出”が必要で、それが究極の救い。それを私たちは商売にしているのさ。>
    『方位磁石を持ったピエロ』が言った。<私は正しい方角に行く。だが時としてそれは無為な山が待っているかもしれない。山から見える戦争はなくならない。君たちは常に飢え集い、争う。完璧な平和は来ない。しかし、私たちはそれを追い求めなければならない。なぜなら、高価な牙を持った強者を喰うには、甘くて劇薬の“はちみつ”を弱者が作り、彼らだまして酔わせるしか方法がないのだから。>
    わしは、炎の中、センヘイ(鳩と戦車が合体した乗り物)に乗ってここにやってきたというわけじゃ。
     

    話が反れた。
    交換条件とはこうじゃった。本能寺でのヒノコの伝言=火の神との条約でわしはイザ殿とイザナ殿にこの書<神生みキット>を書き送らなければならない。それが一つ。そしていくつかの品物を同封する。それが二つ。
    して、ここに<神生みキット>を書き記す。すべてはヒノコの伝言通りに。
    まずはその三つの包みを開けてみなされ。」

    イザとイザナは美しい艶を放つ高価な布をほどいた。スルスルと。
    一つが金、一つが赤、一つが白のダルマだった。
    ぬるっとした生温かい血が所々にべっとりと付いている。
    それぞれのダルマの眼が異常にきらきらしている。
    二人はぞっとして、桃色信長の書に目を戻した。
    焦げた臭いがする。

    「三つのダルマがある。その中に二つ目の交換条件、わしの“もの”が入っておる。
    一つ目(白ダルマ)には、わしの“目玉”。
    二つ目(赤ダルマ)には、わしの“耳”。
    三つ目の(金色ダルマ)には、わしの“睾丸”じゃ。

    ヒノコからの伝言、交換条件を聞いてもわしはちとも驚かなんだ。この先二つもいらぬ。ひとつで結構。燃え盛る炎の中で、それをえぐって切ってダルマに入れた。
    交換。そう、エーゲ海を望みながらソクラテスを知れるのなら安いもんじゃ。天下すら安い。猿もグリーンを選べばよいのにのお。

    ここより本題。戦じゃ。
    これを書き記さなければ約束は果たせぬ。
    イコール、わしの桃色がわしを喰い始める。ヒノコとの約条、この後宇宙に行けぬ。次、目指すは天上人。

    イザ殿は黒の指輪、イザナ殿は赤の指輪をはめよ。これも約条。この指輪、わしの愛用品、クリエイティブ・ディレクターの千ノリQがプロデュース、下地は超Z郎、塗りはATOK狩野の他にないリQ好みの大名物じゃ。
    蝶。赤ダルマに入っているわが耳に泥を塗り、この書状<生命の白>に刷る。これすなわち大阪画。(今から約500年後の21世紀、そなたらの土地で発祥する絵画のスタイル也。※ちなみに東京画もその後誕生する。)それをちぎって表と裏、左右対称に並べイザナ殿の唾液でくっつける。そこにイザ殿とイザナ殿の毛髪を一本ずつ触角のごとく差す。白ダルマのわしの目玉を耳の羽根に捺す。最後に金色ダルマの睾丸を磨り潰し、その粉を振りかけよ。そして、そなたたち二人がはめる指輪の顔に息を吹きかけ、そすれば証としてそれぞれが光って片方ひとつずつ泣く。その涙で祝福をする。蝶の形をした『生命』が飛び、舞い、赤い大樹の中で神が生まれる、とのこと。これを先の迫り狂う炎の中ではすべて書けなんだ。目玉をえぐり、耳を切り、睾丸をちぎりダルマに入れ、生命の白にヒノコの伝言を書き始めるとその場の約条は成った。そこでわしは桃色信長となり、炎の中にセンヘイが現われ、それに乗りわしは今エーゲ海にいるというわけじゃ。だがそれでは終わらぬ。神が生まれ、ヒノコがパパに殺されるときはじめてヒノコがボタンを押す。そこでわしは桃色から解放され本物の自由を獲得できる、らしい。しからば、イザ殿、イザナ殿には然るべき手順でもってこの条約を果たしてほしい。これもまた約束。天下人たる武将の祈願。ここエーゲ海で敦盛を踊ろうぞ。

    されどこの<神生みキット>をそなたたちに送る今日は天正18年7月16日。猿めが次の天下人になろうとしとるとき。あっぱれあっぱれ。その次は狸か。緑の猿と黄色の狸。天下がまずは鳴りをひそめる。隣でセンヘイがあくびをしておるわっ。上上、上上。一度も見たことも聞いたこともないイザ殿イザナ殿。されば桃色信長の書はここに終わる。ヒノコからの伝言、しかとそなたたちに伝えたぞよ。252588,2588。異次元アインシュタイン便にてお送りする。果たすは必定。わしの目玉と耳と睾丸、そちたちにくれてやる。さあさ、神生み。夢幻のごとくなり。」
     

    桃色信長からの手紙には血判と共にこう書かれてあった。
    巻物が焦げ臭かったのはそういうわけなのか。イザとイザナは鼻の奥が痒くなった。
    ダルマは頭が蓋になっていて、それぞれのダルマに桃色信長の目玉・耳・睾丸が入っていた。どれも生温かく鮮やかな血がまだべっとり付いている。
    二人は真っ青な顔をして手紙にあった手順で蝶々のような形のものを作った。指輪が泣き、祝福を授けると、それが飛んだ。舞った。最初は弱々しく頼りなさげにひらひらと。
    耳の形をした羽根の蝶々がそわそわと飛ぶのをイザとイザナは夢の中のできごとのように目に留め、それが赤い大樹へと向かって舞っていく。
    春なのか。巨大な貝の中に立ち、豊満な身体で絹のような金色の髪をなびかせている裸の貴婦人を想像した。ひらひらと舞うそれが赤い大樹の穴に入る。ことり、と音がした。

    赤い大樹の穴の中で影が動いた。のっそり出てきた。大男。動きがのろい。
    「国生みごくろうさーん。パパ、ママ、よーやった。」
    イザ、イザナと同じ身体をした、だが異常に背のでかい大男が太く言った。
    パパ? ママ? イザとイザナはTVCMでも見ているのかと思った。
    英会話の次はダイエット食品で、その次は自己啓発本の押し売りかと思ったほど視界がわずかに歪んだ。なになにホールディングスCEOの胸を張った自信満面の笑みが頭をよぎったが、パパ、ママと呼ばれた安堵さが二人を包んだ。幸せとは空気のようなものなのかもしれない。マジックワード。幸せは空気。空気がなければ私たちは死ぬ。
    イザとイザナに子が生まれた。
    その子は二人が生んだ神だった。大男の。のろくて、とろい。
    二人は愛に包まれる。


    愛とは魔物だ。熟れすぎた林檎。
    とろけるような、ぼーっとしたような、自分が自分でないような、胸がうきうきわくわくし、心臓がどきどきとする。イザは、イザナとの子だとにんまりし、イザナは、イザとの子だと自信をもって美しくほほえむ。身体全体がぽかぽかと暖かくなり、桃色信長が送ってきた彼の品物を見たときとは正反対のやさしい赤で抱きしめられる。暖かい。パパ。ママ。小さな裸の女の子がまっすぐこちらを見つめ、両手を広げて駆けてくる。なにも疑うことのない、透き通った瞳でこちらに駆けてくる。自分を大切に、大切に守ってくれる、やさしく抱きしめてくれると、ただそれだけを感じて、信じて、駆けてくる。わたしはなにもいらない。わたしはなにも知らない。あなたたち、わたしのパパとママ以外は、と。パパとママがいたらそれだけでわたしの世界は満たされているの。パパ、ママ、大好き。そう言って駆けてくる。ロケットなんて怖くない。ミサイルなんて怖くない。世界なんて怖くない。パパとママがいれば。そう言うわが子をこの腕で抱きしめる。抱きしめた衝動が心臓、心を熱くする。わたしの子。わたしの子。この子のために死んでもいい。この子のために生きたい。桃色信長もそう思ったのだろうか。イザとイザナは初めて生んだ巨大な長身の髭もぼーぼーのわが子を見上げてそう思った。
    のろまな木偶の坊。だが、愛するわが子だ。

    二人は続々と神を生んだ。
    それぞれにパパとママと呼ばれるのが非常に心地よい。
    今までに味わったことのない快感だ。
    ちっちゃい子もいれば、太っちょもいる。目が離れた子もいれば、ハンサムな子も生まれ、イザと似たすきっ歯の子も生まれれば、イザナと似た出っ歯の子も生まれた。
    びっくりするような美人の子もいたら、小指の大きさの子もいた。
    マスカットのような子も。
     
    それぞれにイザとイザナはわが子たちの誕生を心から喜び、泣いた。
    桃色信長からの書はまだまだ残っている。泥をつけて耳で刷り、髪を差して粉を振りかけ祝福をする。
    わが子たちが、新しい神たちが次々と生まれる。
    東の楽園とはここではないのだろうか? 二人は増える新しい命に感謝した。光に。闇に。

    そして、ママを殺すヒノコが生まれる。




    風の神、海の神、河の神、山の、木の、野の、イザとイザナは沢山のわが子、神を生んだ。
    みな同じ方法で、
    耳の蝶が飛び、赤い大樹の穴から出てくる。
    イザをパパと呼び、
    イザナをママと呼ぶ。
    肌の色、髪の色、目の色、それぞれ違い、
    まさかイザとイザナの子なのだろうかと疑うほどそれぞれに容姿、形が違っていた。
    国を生み、神を生み、イザとイザナはこの世界が喜びと光で満ちていくのを肌で感じた。
    チャプリ雲は、私たち二人の「時」だと言った。
    二人は満ちていく光と、そのバランスに対抗して失っていく闇との間にいた。
    子が、神が増えることで<初めての家>は喜びで騒騒しくなり、ケンカも絶えないがそれを上回るはぴねすが-Happiness-が初めての家全体を包む。
    ヒノコ。
    二人で生んだ最後の子。
    イザナはヒノコに殺される。




    その日も穏やかな、晴れやかな一日だった。
    日課になった遠くへ向かっての大声を家族全員で放つ。
    <ぐあぐわげーん、ぎゅわばらじょ~、んぢゃばにょ~ん、どびょーびばっちゅーいっ!>
    四股を踏み、みんなで相撲を取る。
    イザナが遠くの国と巣立った神、多くのわが子たちに向けて、
    「愛だー! 愛だよー!」と贈る。
    その時のイザナの目はいつも力強く潤んだ心の底からの言葉を語る。
    私たちには言葉がある。私たちにはわが子がいる。私たちには光がある。
    闇なんて怖くない。ヒト蛇が吐く黒さえも。
    イザはそんなイザナをたくましく見つめ、今日も一日が始まると心に祈る。
    すべての祝福を、すべてのものに。このはじまった世界が、健康で、すこやかに、死んでなくなるその時まで、桃で満たされますように、と。
    遠くのチャプリ雲に似た雲が形を変え、テディーベアに見えた。
    世界は私たち、そしてあなたも含む、私たちすべてのものでありますように。私たちすべてが、この世界のものでありますように。そう、イザは目を閉じ平和に願った。
    そんな、しずかな一日のはじまりだった。

    皿を作ってみた。
    千ノリQだったらなんて言うのか? 超Z郎の品の方が上上だと言うのだろうか? そこに<NOT FOR SELL>と描いてみた。ATOK狩野であれば何を描いた? イザとイザナはそのおかしな形をした皿(顔がひとつある)に食事を盛ってわが子たちに出してあげましょうと互いを見つめて正しくほほえんだ。
    双子の顔がついた指輪をはめる。
    桃色信長から届いた手紙、生命の白に、彼が自ら切りおとした耳に泥をたっぷり付けて刷る。もう耳には桃色信長の血は付いていない。
    ちぎる。
    イザナの唾で紙をくっつける。
    互いの髪を抜き、差す。
    目玉を捺す。
    粉を振りかける。
    息を吹きかけ光を放つ指輪が泣き、祝福をする。
    空気が止まる。
    それが飛ぶ、
    それが舞う。
    私たちの頭で、
    私たちの手で、
    私たちの足で、
    世界が生まれ、広がる。
    飛んだ蝶が赤い大樹の穴へと向かう。
    空気が動いた。
    二人の子。
    新しいわが子。

    <最後の子>

    「ママー!!!」
    穴から悲痛な叫び声が上がり、
    イザナが走った。
    笑みが消え、目に血が走る。
    イザは止まる。
    心臓が固まる。
    炎。
    イザナは紅い炎が染める赤い大樹の穴に身を入れる。
    大丈夫。大丈夫。と、言いながら。
    イザナが燃えている。
    イザナが、燃えている!
    炎の中で「わが子。ヒノコ。火の神・・・。大丈夫。大丈夫。」とやさしく言いながら。新しいわが子を腕で抱きしめながら。
    <大丈夫、大丈夫>
    愛するわが子。
    新しい生命。
    燃え盛る熱い炎の中でイザナはイザを向き、笑った。
    イザの頬に涙が流れる。
    イザナは言った。
    「大丈夫。大丈夫。」
    宇宙がここに止まる。




    駆けよったイザは燃え盛るイザナに初めての島のダイアモンドをかけたり、そこらにあるものを使ってその炎を消そうとした。
    「早くその子を離しなさい!」イザが怒鳴った。
    炎は勢いを強くする。
    「イザナ! 早く! その子を捨てろ!」
    イザの目から涙が溢れる。
    「大丈夫。新しい子。新しい神。私たち二人の子。イザ、私の愛する子よ。あなたの愛する子よ。私たち二人の新しい愛する、わが子よ。」
    炎の中でイザナは確かにそう言い、よしよしとわが子を揺らす。
    「ママー!」腕に抱かれたわが子は悪夢にうなされているかのように叫んだ。
    「よしよし、いい子。」
    「ママー! ママー!」
    「大丈夫。大丈夫・・・」
    冷たい空気が流れる。白いカーテンが揺れる。みんなの笑い声が聴こえる。炎の中の桃色信長が見える。えぐった目玉。切られた耳。ちぎりとられた睾丸。炎の中に浮かぶ桃。エーゲ海の水面。アクバル王の力強い眉間。ガリレオが語る星空。チャプリ雲の口の中の闇。雲の上でケンカしたこと。イザナの出っ歯。桃色信長が二人への手紙に筆を滑らせる音。エンパイヤーステートビルディングの先に停まった鳩のくちばし。ダイアモンドの島を眺めた二人の時間。二人が初めて国を生み、西のその子が一つの身体に4つの顔を笑顔にしたとき。世界がはじまり、二人が世界を作りつづける。いやだ。いやだ。いや。いや。いやだ!
    いや、だ・・・
    「頼む。イザナ! その子を離してくれ!」イザは叫んだ。
    紅く燃える炎に向かってイザは叫んだ。
    「頼む! 頼む!」
    涙が溢れる。呼吸が止まる。血を吐きそうになる。
    「頼む! その子を・・・」
    イザが膝をつき、イザナを見上げる。
    「君がいなくなったら・・・、君がいなくなったら・・・、僕は、・・・君は、君は僕の愛だ、愛なんだよ!」
    「ママ・・・ママ・・・」
    イザナに抱かれたわが子が眠りに落ちるようにしずかに呟いた。
    「大丈夫。大丈夫・・・」
    腕に抱いたわが子からイザに目を向けると、
    イザナは炎の中でほほえんだ。
    「大丈夫。大丈夫。」
    涙が溢れて何も見えない。
    イザは涙と鼻水を拭くことさえ忘れた。
    イザの涙が島のダイアモンドを濡らす。
    島の瞳にも涙が溢れる。
    周りには誰もいない。
    炎だけが紅く燃えている。
    時が止まった。
    「大丈夫。大丈夫。」
    イザナが燃える。
    煙が上がる。
    イザの溢れる涙の向こうで、炎に燃えるイザナがにこっと笑った。
    イザナの歯がきらりと白く光った。
    「大丈夫。」

    私はあなたを愛しています
    いつまでも、永遠に




    炎は燃え続け、肉と骨を燃やす異臭が漂い、黒々とした煙が天に昇る。
    そばに走ってきたわが子の水の神も茫然となすべきことなく立ちすくんだ。
    腕に大事に抱かれた新しい神はすやすやと眠り、イザナの身体は焼け、溶け、ただれ、血を噴き、骨が見え、頭髪がちりちりと燃えて昇り、塵となり崩れた。
    イザナが、死んだ。
    そのときイザナの汚物が神となった。腕に抱くわが子をしずかにそっと地面に寝かしたのだろうか。ヒノコが己の炎の中で寝言のように「ママ。ママ。」と呟いた。
    イザは号泣し、その涙が神になり、世界が揺れた。濁った地獄。
    何か不吉なことが起きたのかとわが子たちが集まった。燃えながら眠るヒノコと黒々とした塵、その前に死神のように力なく肩を落とし泣き崩れる父。言葉なく状況を知った多くのわが子たちの慟哭がしずかにはじまり、それが叫び、嘆き、もがき、苦しみ、悲しみの悶絶する発狂となって世界に散らばった。響きわたった。嗚咽し、嘔吐し、涙の血を流し、歯を噛み、憎しみに似たどろどろとしたものが島を染める。ママ―。ママ―。それぞれに狂い、絶叫し、すべての生き物、生命が赤い血の涙を流した。私たちの母が、死ぬ。彼らの叫び声と彼らの流した涙がぐるぐると混ざり合い、この世界で見たことのない最上の汚れた色を作った。その中で生まれたばかりのヒノコはぐっすりと眠っている。小さく、美しく、天使のように、笑って。




    山は悠々と緑を成し、河は隆々と雨風と共に無邪気な流れを作っている。
    海は青く、この世界が育ち、満ち、喜びの雄叫びを隅々にまで響かせる。
    イザナが、いない。
    何兆ものピースで築き上げられた積み木がたったひとつ欠けるだけで容易に崩れる。大災害に似た、地震や大雨、津波、人智を越えた自然の「力」。生命の儚さ。法則。そのすべてをイザは恨んだ。呪った。憎んだ。心の中の無害な誰にも見えない宝石のような庭が、死んだ。遊具は完璧なまでに破壊され、地面に生えた、生き生きとした光を満たす雑草が枯れる。溶け、ただれる。誰もいない。誰も来ない。君がいない。あなたが、いない。
    わたしが、いない。

    鐘が鳴り、
    そして、電話が鳴った。

    「初めての島、イザ様。ご愁傷様です。心よりお悔やみ申し上げます。」
    「・・・・・」
    「千ノリQ様プロデュース、歌劇『ザ・お葬式 of IZANA』(会場:サナギ新宿)の公演日が正式に決定し、イザ様にご出席いただくようにとのご連絡です。アップルハート航空・プラチナセンヘイ機でお越しいただく手配が整っておりますのでご準備ください。ちなみにただ今、サナギ新宿ではイングランド王国、エリザベス1世の戴冠式が催されております。」
    「・・・・・」
    裸の幼いテレフォンオペレーターの少女が無表情に言った。半分に割れた桃の受話器の画面から。イザは焦点の合わないまなざしでその少女を眺めた。涙が落ちた。なぜか受話器の桃も泣いているようで湿っていた。風よ、救っておくれ。雲よ、助けておくれ。誰も僕を助けてくれないの? みんな、僕を殺しておくれ。殺しておくれ。殺せ。酷だ。惨い。英会話教室の経営者よ! 社長よ! 全責任を取って、すべてを代表して僕を殺しておくれよ。ネイティブスピーカーになりたいなんておかしな夢を持たせた罪でお前の手で俺を殺せ! イザは桃を握り潰したくなった。

    センヘイは静かに島に着陸した。
    これが炎の中で桃色信長を救ったものか。これで山を越え、海を越え、西のインド、イタリア、ギリシア、その後宇宙へと彼を乗せていくのか。それはそれでいいもんだ。炎の中で桃色信長が敦盛を舞う光景が見え、それに重なって燃えるイザナを思い出した。イザナは燃える炎の中で最後に言った。「大丈夫。大丈夫。」わが子を抱き、自信に満ち、恐れを知らず、ただただ愛の中で<大丈夫、大丈夫>と言った。ほほえみ、白い歯を見せて。
    白い歯。
    笑顔。
    僕の愛する人。
    イザナ。
    どれだけ時が経っても、イザの中でイザナが火に焼けて燃える煙がぐるぐるととぐろを巻いて充満する。
    地底の汚物が黒い重油と混じってどろどろと身体の中を重く移動する。息ができない。手足の自由をべったりと奪う。重い。重い。すべてが。喉の先までそのどろどろが昇り、イザの目の色にまでそれが上がってくる。任せるよ。後はお前の好きにしてくれ。イザはそう思った。お前は黙り、沈黙し、大地を揺らし、どうせ僕たちを救ってはくれない。駅前にどんどん教室を作ればいい。ダイエット食品も、自己啓発本も次々に出せばいい。すべてが塵になると知っているくせに。くだらない。くだらねえ。お前はどうせYESすら言えないくせに。
    イザはイザナの塵が入った骨壷を持ってセンヘイに乗り、サナギ新宿に向かった。
    歌劇『ザ・お葬式 of IZANA』の幕が上がる。

    センヘイは一体どこをどう飛んでいるのかわからなかった。
    見える空や雲は一緒だが、時間と場所を上下左右昇ったり降りたり、もぐったりぴーってなったり、眩しくなったと思ったら、いきなり真っ暗になるし、スカッと気分が晴れたかと思うと不安になるし、イザナと乗ったアップルハートタクシーを思い出した。イザナとどきどきした高揚した、あのふかふかの後部座席。カザルスのバッハの組曲。暗殺者のドライバー。イザナだったらこのセンヘイににこにこして搭乗しているに違いない。イザは骨壷をぎゅっと抱きしめ、目を閉じた。

    サナギ新宿はゴーゴーと車が上にも横にも縦横無尽に行きかうその中心にあった。
    人と色で溢れている。YMO(♪黄泉の国~・も一度きれいに・おいでやす~)がループで流れていて、桃源郷ってこういうところなのかとイザは思った。
    人でごった返す中、イザが骨壷を固く持ち店内に足を踏み入れると、バーカウンターでカップ酒を粋な立ち姿で飲んでいる奇妙な格好をした2メートルを越える男か女か定かではない人物がこちらを向いて手を上げた。
    「まいど! イザさんようお越し。この度はご愁傷様。辛いわな、辛い。ま、しゃーないな。しゃーない。ま、ま、駆けつけ一杯、これ呑んで。」
    そう軽々しく話す男(性別不明)が、自分が飲んでいたのと同じものを注文し、イザに手渡した。ガラスのカップ酒にはその男と同じ格好の絵が描かれている。
    <リーゼント頭に尖った牙。身体がサナギできらきら目>
    「悲しいわな、そら悲しいわ。わかるわ、わかる。わしやったら無理やで、そら、無理や。あんたえらいわ。立派やで。瞼もそんなに腫れて、そらそうや。いっぱい泣いたんやろな。いっぱい泣くわな、そらそうや。わしも泣いたで。ま、とりあえず呑も。」
    <殺してやりたい>
    イザは悶々とした。
    この店の店内の色もざわつく人もこの男もカップ酒もなにもかも。
    「おい! こっちやこっち!」男が手を振って言った。
    「あいつらも泣いとったで。あいつらも辛いんやろ。」
    人を掻き分けて誰かがやってきた。
    彼らはイザを見つけると、挨拶もせずイザに寄り、羽根を広げ、葉っぱを広げ、何も言わず、ぎゅっとイザを抱きしめた。
    力強くぎゅっと、イザを抱きしめた。
    そして、泣いた。
    カップ酒を手に持つ男も鼻を啜り、頬に伝った涙をぬぐう。
    「ポッポー。」彼は言った。
    「    。」もう一人の彼は言った。
    鳩と桃。
    平和と愛。
    愛と平和。
    鳩と桃がイザを抱きしめる。
    その3人をカップ酒の男が抱きしめる。
    <♪黄泉の国~・も一度きれいに・おいでやす~>ループして流れるテクノミュージック。
    店内には人の喧騒と笑い声、小刻みに揺れる人々のリズム。
    イザは自分が一人じゃないんだと実感した。
    方位磁石を持ったピエロが正しい方角を指し示してくれているのかもしれない。

    赤、黄色、緑、さまざまな色彩の提灯が天上からぶら下がり、極めてショッキングなピンクの壁が遠くに見え、その壁に涅槃のカップ酒の男が描かれている。カップ酒の男が言った。「あ、あれな、俵YASO達が描いてくれたんや。」サナギ新宿の店内は『この国』を象徴しているかに見えた。
    歌劇『ザ・お葬式 of IZANA』が荘厳と開演し、役者が店内を走りまわったり踊ったり、ダンスをしたりオペラを歌い、イザナの在りし日の姿を演じ、舞い、抽象的な、それでいて具象的な、奇天烈かつ壮大なシーンが繰り広げられる。イザはぼーっと魂ここにあらずの状態で店の真ん中でその流れる場面を目に映した。鳩と桃に挟まれて座って。彼らに手をずっと握られて。僕はひとりじゃない。イザナ、僕はひとりじゃないのかも、しれない。
    一人の役者が台詞でこう言った。
    「サナD~、君に何かできることがあるのかね~。」
    観客として一緒に見ていたさきほどのカップ酒を呑んでいた男がすっと立ち上がり、
    「われはできる~、われはおこなう~、彼の涙を乾かそう~、それが友の証~。」
    サナDと呼ばれたさきほどの男がオペラ歌手のようになめらかに歌った。
    そこから音楽が急にアップテンポになり、
    観客みんなが立ちあがって声をそろえて歌い踊りはじめた。
    ♪黄泉の国~・も一度きれいに・おいでやす~
    ♪黄泉の国~・も一度きれいに・おいでやす~
    ♪黄泉の国~・も一度きれいに・おいでやす~
    そのフレーズの合間にみんなが合いの手を入れる。
    <ゆけ! ヨミの国! HEY!>
    <ゆけ! ZGOK城! HEY!>
    <ゆけゆけ死者が! 集まるZGOK城! Z!>
    イザが桃の葉をとり、鳩の羽根をとり、くるくる回って踊りだす。
    人生は不思議だ。
    誰かと出会い、誰かと別れ、愛し、憎み、そしてそれを忘れる。
    『思い出』を売り買いする商店の女主人は言うのだろうか? 「それが失うことの強さだよ。だから私らの商売は過去も未来も繁盛する。そしてこの瞬間も。あなたと私がいる限り。」と。

    歌劇が大盛り上がりで幕を下ろし、イザはサナDと鳩、桃に見送られ店を出た。
    「次は恵比寿でなー!」
    そこに一本の桜の木が立っていた。
    その下にヒノコがいた。
     




    桜が燃えているのかと思った。
    桜の木の下でヒノコが自分の火が桜に燃え移らないように小さくもぞもぞ立っていた。
    こちらを見て、うつむく。
    イザは胸を張り、一度目を閉じ頷いてヒノコに歩いた。風が吹く。ヒノコが地面に落した視線を頼りなく動かし、イザを見上げた。
    「とうさん・・・」
    愛する子。わが子。抱きしめられない子。ヒノコ。
    「どうした?」イザがやさしくしっかりとした口調で言った。
    「・・・僕を、殺して。」
    ヒノコが言った。

    イザの身体に雷が落ちたようだった。
    耳を疑った。
    膝を折り、ヒノコの目線になってイザは言った。
    「どうしたんだ? ん? なんてことを・・・」
    「約束だから。とうさんもわかってる。みんなわかってる。」
    「・・・そうだな。そうだ・・・」
    「うん。行こ。」
    「・・・やはりそうしかないのか。・・・そうなのか? 苦しいな。悲しすぎる・・・」
    イザはぐっと奥歯を噛み、目の前にいるわが子の視線に負けてうつむいた。
    悲しすぎる。
    悲しい。
    触れることも許されない。抱いてやることもできない。なにバカなことを言っているんだと叱ることもできない。なにもしてあげられない。父として。頭を撫でてやることも。肩車も。なにもできない。イザの口の中に錆びた血の味がひろがった。

    二人は共にセンヘイに乗り、雲を越えた。
    比婆NO山に着いた。このイザナの塵を埋葬するため。
     
    土を浅く掘り、骨壷を置き、土をかける。その作業をイザはひとりでこなし、ヒノコはそばで何も言わずしくしく泣きながら立っている。
    こんもり小さく盛られた土に向かって二人はそっと手を合せた。
    ヒノコが言った。
    「ママ、もっともっと会いたかった・・・。もっともっと会いたかったよ。」
    身体をくの字に曲げて奥歯をがたがた震わせて言った。
    「ママ、ごめんね。ママ、ごめんなさい。」
    イザはヒノコのその言葉がまるで僧侶が唱えるお経のように聴こえ、悲しみで身体全身が痛いほどにぶるぶると震えた。
    痛い。
    痛い。
    冷たい沈黙の風がびゅんと吹いたころ、ヒノコがしっかりとした声でイザに向かって言った。
    「とうさん、もう待てない。もう、逃げられない。」
    「・・・ああ、そうだ、な。」
    「・・・うん、そうだよ。時間が来た。来ちゃった。・・・悲しいね。」
    ヒノコが言う。
    「ああ、悲しい。悲しすぎる。ヒノコ、とうさん、ものすごく悲しい。悲しいんだ。」
    イザが己の手の平を見て言う。
    「とうさん、僕、とうさんに何もしてあげられなかった。・・・本当に、ごめんなさい。」
    「いいや、お前が生まれ、生まれてきてくれただけで私は本当にうれしい。」
    イザがヒノコの目を見て言った。
    「ごめんよ。お前は私の宝だ。ごめんよ。お前の手も握ってやれない。お前の頬をつねったり、やさしくキスもしてあげられない。お前の母さんはお前を、お前をずっと抱きしめたというのに。抱きしめて、眠るお前に大丈夫、大丈夫と言ったのに。私は、お前に、大丈夫、大丈夫と言ってやれなかった。お前を愛しているのに、大丈夫、大丈夫と言ってやれなかった。手をつないで散歩をしたり、ぐずるお前を抱いてあやしたり、この、この腕でお前が何も怖くないように、静かに安心できるように、この世のすべてからお前を守るように、この腕で抱きしめてやれなかった。ごめんよ、ヒノコ。愛するわが子。」
    「・・・ううん。」
    「私が、私が、お前を愛することと同じくらい、いや、それ以上、お前を憎めればよかったのに。」
    イザは地面に膝を落とし、両手に顔を埋めて号泣した。
    ヒノコはイザの肩に手をそっとおき、
    「・・・大丈夫。大丈夫。」と言った。
    イザの肩がひっそりとちりちり燃えた。

    「時間だよ。」そう言ったヒノコはイザを向いたまま後ろにさがり、両手を大きく広げ、胸を反るようにして天を見上げ、ボタンを押した。
    ヒノコの身を包む炎がぐあんっとより一層強く燃え、ヒノコの身体がそのますます燃え盛る炎の勢いにつられて大きくなっていく。
    ヒノコの目と身体がさきほどとは一転して獣のような輪郭を持たない姿になった。目は尖り、口は裂け、指は伸び、足が二倍三倍となり、けらけらとおぞましい音と共に、己の内の悲しみが怒りとなって充満し、巨大な燃える獣になる。獣は自我を忘れ、そのすべての、多くの、運命に対しての、さまざまな熱く煮えたぎった怒りをパワーにますます大きくなり、天へと伸びていく。少年のヒノコが心を捨て、炎の鬼になっていく。悲しい。悲しい。なんで僕が。なんで僕が。そのはち切れんばかりの怒りが鬼を大きくする。僕は怒っている。僕は怒っているんだ。炎よ、燃えろ。燃えてすべてを焼き尽くしてしまえ。とうさんも、ママも。喜びも、悲しみも、希望も、夢も。星も。光も。この炎で潰してしまえ。僕は悲しいんだ。僕は泣いているんだ。僕は、僕は、生まれてこなくてもよかったんだ。
    -ママ、僕は悲しいんだよ-
    ヒノコは燃える己の中でつぶやいた。
    <大丈夫。大丈夫。>
    ヒノコの中でイザナはつぶやいた。眠る赤子に唱えるように。子守唄のように。
    その巨大な火の獣がイザの首を絞め殺したいと二本の手を前に出し向かってくる、覆いかぶさってくる。
    悲しい。
    悲しい、んだ。
    声にならない雄叫びを上げ、炎の鬼がイザにせまる。
    殺すぞ。殺すぞ。殺してやる。憎い、すべてが。悲しい、すべてが。この定めが。殺してやる、さもなけば、殺して、く、れ。
    獣と化した炎の鬼がイザに襲いかかる。熱く燃え盛り、煮えたぎる苦痛が油となって火を加勢し燃えたぎらせ、ますます巨大な怒りとなって燃え上がる。
    -コロス-
    炎の獣がイザに咆哮した。
    -私は、悲しい-
    -私は・・・、憎い-
    お前が。
    憎しみが愛を超える。
    黒い、穴。
    イザはすっと立ち上がり、飛び、手に持った剣を左右に数度振り、空気を切る。
    イザの全身がちりちり焼けたかと思うと、ヒノコの頭が飛び、手足、胸、腹、それらが音もなく切られ、散る。ゆっくりと。
    それがまた新たな神になり、仰向けに獣が倒れていく。スローモーションの空気の流れ。周りの風がゆがみ、その切り離された巨体が崩れていく。後ろに倒れていくその大きなものの中で裂けた口が、笑ったのが見えた。
    -とうさん、ありがとう。僕は、-
    -大丈夫-
    飛んで地面に下りたイザは、ヒノコの血がぐっちょりと付いた熱い剣をそっと地面に戻し、膝をつき、両手を大きく開き、天に向かって、吠えた。
    吠えて、吠えて、ぐじゃぐじゃに、泣いた。
    イザがわが子をこの手で殺した瞬間だった。
    血が、赤い。
    どうして・・・


    ⅩⅠ

    忘れない。忘れられない。イザナが。恋しい。
    誰よりも。誰よりも。
    イザの脳裏にふとよぎった。
    死者がさまよう「場所」があることを。
    そこはたしかこう呼ばれていた。『ZGOK城』。
    そこに行けば死んだイザナがいるはずだ。
    イザはこの手で殺したヒノコの温もりを握りしめ自分の足で歩き始めた。

    鬱蒼と深い緑の木が生い茂る坂の手前、黒い霧がさーさーと横に舞い、なんとも言えない湿気がイザの身体に巻きついた。木々はすべて垂れ下がり、枝も葉っぱも生気なく、がさがさとくくくと不吉な笑みをもらし揺れる。ばたばたと空を飛ぶ生き物がイザを監視し、四方八方狂った目の光が暗闇の中からこちらを睨みつけている。ごごごと土煙が舞い、冷気を伴った重い風が股をくぐる。鈍い汗が舐めあげられるように肌を吸い、震えが足先から身体を上がってくる。手先は凍え、耳鳴りがする。

    <ZGOK城>と記された鳥居の柱の下で黒い影が動いた。
    イザはびくっとし、足を止め凝視した。
    暗い中でそれが渇いた音を立ててマッチを擦り、火を灯した。
    薄っすら暗いその中で、それの顔が見える。
    ふわふわの毛をした、
    二つの顔を持つ、ウサギだった。

    立ち止っているイザを見上げると二つの顔を持つウサギが言った。
    「イザ様、もうそろそろお着きだと思っていましたよ。」
    小さいメモを見ながら、こちょこちょと言う。
    狩りで仕留めたツキノワグマの皮をナイフ一本で剥き、腹を長く縦に切って内臓をえぐり、そこにある胃に刃を入れて中を覗くと、そこにたっぷりと油を点されて滑らかに動いて回るさまざまな形の、完璧に塗装された遊具がある運動場が佇んでいる気がした。ブランコが揺れている。
    「イザ様、早く参りましょう。違う方向に行ってしまいます。イザナ様がZGOK城のZ類になってしまいます!」
    ヒヒヒと不吉に笑いながらメモを懐に荒っぽく入れ、懐中時計を手にしたウサギが足をばたつかせて言った。
    「ちなみに・・・君は?」イザは咄嗟のことで挨拶すら忘れた。
    「わたし? わたくし、いや、時間がない。そんなことは後で後で。まずは坂を下って参りましょう。ご説明はその道中で。まずは先へ先へ。お気をつけてください。この門をくぐるとその先はあの世への入り口ですから。草木が天へ芽を吹き伸びる、なんて道理は通用しません。花は腐り死すことが美、石ころですら重鎮です。唯一、光が闇に与えた場所と言いますか、闇が光を屠った戦勝地と言いますか、とにかく、あ、あいつの名前を言っちまった。ま、いいですいいです。先へ下って参りましょう。用心してくださいよ。自分の足でしっかりと歩いてください。」
    早口で言って先を行き、振り向いて手で招く。
    「イザ様、早く早く。」
    イザは恐ろしいながらも胸を張り、イザナの顔を思い浮かべ、一度自分に頷いてから足を出し、門をくぐった。
    大きな生き物の口の中へ入っていくようなおどろおどろしい臭いがした。

    小さな蝋燭を手に二つの顔のウサギが先を行き、ちょくちょくイザを振り返る。
    イザがちゃんとついて来ているか確認しているようで、獲物が逃げていないか確認しているようで、4つの目が器用にあっちこっちを向いている。
     
    周りは闇が溶けて先が見えず、誰かが、何万匹のなにかが異臭を放つどろっとした目脂を貼りつけた目玉でこちらを見据えている。腐った糸を引くどろりとした粘り。ウサギは軽快に小さな蝋燭の火を抱えぴょんぴょんと歩いて行き、坂の先は真っ暗な闇だ。

    門をくぐって随分坂を下ったころ、ウサギが並んで話した。
    懐をごそごそ探り、
    「イザ様、忘れておりました。城に着くまでにこれを食べておいてください。食べずに城に着いてしまうとそれ大変。今は坂の途中。この世とあの世の境目です。食べずに城に入ってしまうとこれ大変、すべてが真逆になってしまいます。闇の中では光が闇です。闇が光です。ま、なにはともあれ食べてください。」
    速足でそう言うと、胸から何種類かのかわいいキノコ(Happy and Mushroom= H&M ※別名EMDM)を取りだした。
     
    「さ、どうぞどうぞ。」
    その中のひとつを差し出しウサギが言うと、まじまじとそれを見たイザは思った。
    <美味しそうだけど、毒キノコじゃ?>
    ウサギの4つの目のうちの二つが潤んだ目でイザを見上げている。
    -毒を食らわば皿まで-
    桃色信長が比叡山を見上げながら吐くように念じた言葉がイザに届く。
    「OK.」
    イザはそれに一度鼻を当て匂いを嗅ぎ、軽く舐めてから口に含んで飲み込んだ。
    冷たく固まったライオンが石の台座に無言で鎮座する味がした。

    「ヒノコ様はさぞお辛かったでしょうね。生まれたときにお母様を亡くし、いくら物語、決められたことだと知っていてもそれは辛い。生まれて死ぬ。それは道理です。たしかにそうなんですが、お辛いですよね。それはイザ様も。道理っていうもんは罪ですね。1足す1が4でも5でも-9でもなんら世界は変わらないのに。変わるのかなあ。花の種がラクダに産まれたいって願って叶っても誰も損することないと思うんですよねえ。いやはやあっちの世界はわからないし、こっちの世界も理解できません。文字は文字で一文字一文字くっ付いて言葉ができて、言葉と言葉がくっついて物語になるんでしょ? そんなもの危なっかしいじゃないですか。誰が得をするんでしょうねえ。言葉なんか誰でも変えられるのに。何兆本も存在する指のたった一本の誰かの指がひょいとボタンを押すと世界が死ぬ。危なっかしいったらありゃしない。私の懐中時計なんか、いつもくるくる回ってますよ。反対に回ったり、じっと止まって動かなくなったり。でも、まあ、常に<そこ>から動くんですけどね。飛んだりはしません。だけど針がなくなっちゃったらこの世は消えちゃうんですかね? 時計が動くから時間が動くんですかねえ。わからないことが多すぎますよ、ほんと。この坂を上がったり下がったりしてますとね、道理が道理じゃなくなるんです。時間が時間じゃなくなるんです。生きるも死ぬもなくなりますしね、喜びも悲しみも半ぶんこなんです。シーソーみたいなもんですかね。世界中どこに行っても葉っぱは緑。空は青。水は透明。みんなそれに満足できないんですかねえ。どこもかしこも争ってばかり。葉っぱの緑は変えれないし、空の色も水の色もどれだけ力があっても変えれないのに。とにかく、あ、また言っちゃった。嫁の名前が<とにかく>って名前でしてね。とにかく、イザナ様にはもう時間がない。イザ様からすると時間がないのですが、イザナ様からすると時間がある。まったく、どうご説明していいのかわからないのですが、道理が道理じゃないんですよねえ。ですが、その地の道理に従う他ありません。それが定めってやつなんですかね。運命。あ、イザ様、光ってきましたね、目が。見えるようになってきましたか?」
    ウサギが長々と話している間、イザは周りの景色が違って見えるのに気付いていた。
    あのキノコを食べるまでは周りは重たい漆黒の闇で、おぞましい目に見えない敵が牙をむいてこちらをいつ食べてやろうかという殺気に満ちていたが、坂を下りるに従って、キノコの力なのか、周りが色付きはじめ、殺気を持った牙が柔らかい光を反射するかわいい花々に変化した。下っていく坂道が昇っていく坂道に代わり、大きな黒い口の中へ下っていくごつごつとした先が、丘の上へとつながる、光を帯びたきれいな道に変わっていた。その先に城が見える。
    心地よい風が汗をさらう。そばにいたウサギの顔がひとつになって長身の燕尾服を着た紳士になっていた。そして、黄金の涙を流している。
    「ようこそ、ヨミの国へ。イザナ様がお待ちです。もう間もなく、王冠授与の儀式が始まります。申し上げるのが遅くなりました。私は次期女王様の召使、<黄金涙兎オクト>と申します。イザ様をこちら側へと迎えるお役目を次期女王様からいただき参上致しました。さあ、ラッパの音が聴こえはじめましたよ。」
    遠くの丘に美しい城が見え、色とりどりの旗がなびいている。ラッパの音が青い空に響き、たくさんの透き通った光が白い城壁に吸い込まれるように輝いている。
    『ZGOK城』それはイザが目にしたことのない美しさの塊だった。


    ⅩⅡ

    坂道を上がる。
    意気揚々と。
    暗い下り坂を下っているときは小さく小汚い二つの顔を持つウサギが今は長身のひとつの顔で黄金の涙を流す紳士の兎になり、隣を歩く。
    この国も私とイザナが生んだ国なのだろうか? ここの神の中にも私たち二人が生んだ神がいるのだろうか? ここからでも252588,2588で赤い樹1号室コールセンターに連絡が取れるのだろうか? そうイザは柔らかく考え幸福を伝えるラッパの音に耳を傾けながら坂を上がった。

    美しく整えられ、隙のない頑丈さで固く閉じられた城の扉の前に立つと、
    「ここでイザナ様をお呼びください。私のお役目はここまでです。」兎がそう言い、深く一礼をして城とは反対に坂を下りていった。
    「ここで、イザナを呼ぶ。」イザは囁いた。
    愛するイザナ。
    ヒノコを殺した私を許してくれ。
    憎しみが愛を越えた私を許してくれ。
    腰に帯びた剣がぴかっと光り、双子の顔が付いた指輪が指にはまっている。わが子を切り刻んだ自分の手を強く握り、その固い扉を叩きながら、イザは声を上げた。
    「イザナ! イザナ!」と。
    ラッパが鳴り、
    白い鳥が空を飛ぶ。
    「イザナ! イザナ! 愛だ! 愛だよ!」
    扉が強く揺れ、
    鐘が、鳴った。


    ⅩⅢ

    「イザナ! イザナ!」何度呼んだだろうか。
    高くそびえる扉は軋み、叩く手が血ににじむ。喉がちりちりと渇き、自分の手が足が重い鉛のように思える。イザナ、イザナ、愛する人。僕はあなたに会いに来た。ヒノコを殺し、わが子を殺してまでも君に、君に会いに来た。どうかお願いだ。答えておくれ。誰かが言った。門を叩きなさい。そうすれば開かれる、と。イザナ。この扉を開けておくれ。君が見たい。君に会いたい。あなたにもう一度、会いたい。
    「イザナー!」
    空気が止まった。
    なにかが動く。
    イザが扉を叩こうとしたとき、ズズっと扉が動いた。
    光が刺す。空気が漏れる。鍵が開く。
    少し開いた隙間から、声が漏れた。
    「主人がお連れできたのですね。H&M。うふふ、よくできた夫。」
    角の生えた兎が胸のチャックを開けて意味あり気に言った。
    「イザ様。もうしばらくお待ちくださいませ。次期女王は今、戴冠式の最中ですので。」
    その言葉を残して<バタン!>と重い音を響かせ扉が閉まった。
    イザナ、
    愛する人
     


    ⅩⅣ

    イザナ! イザナ! 激しく扉を叩き、イザは声を震い上げる。叩く手から血が流れ、頭を扉に打ち付け叫ぶ。イザナ! イザナ! 愛なんだよ! 額からも赤い血が流れ、目に入る。イザは赤い目をしながら狂い叫び続ける。わたしたちの国作りはまだ途中だ! さあ! 一緒に帰ろう! 一緒に帰ってくれ! 君がいないと、僕は・・・
    ラッパが鳴り止んだ。

    扉の向こうで気配がした。イザは息をのんだ。目に入った血が頬を伝った。
    「イ、    ザ、ナ・・・」
    「イザ・・・」
    「イ、    ザナ! イザナ! この扉を開けてくれ! 君に会いたい!」
    「イザ・・・、ありがとう、私を見つけてくれて・・・」
    「早くこの扉を開けてくれ! その顔を私に見せてくれ!」
    「・・・ヒノコは?・・・」
    「・・・ヒノコは、わ、わたしが、殺した。」
    「どうして・・・どうして! どうしてなの!」
    「君を愛している。ヒノコを愛していた。だが、君を失った憎しみに僕は勝てなかった・・・」
    「ど、どうして・・・。あなたとわたしの二人の愛しいわが子を・・・」
    「ヒノコは城の中にいるのかい?」
    「・・・いいえ、あの子はまた別の神になったから・・・」
    「そうか、ヒノコはあっちにいるんだな。そうか・・・」
    「あの子に会いたい。私、またヒノコをこの手で抱いてやりたい・・・」
    「そうだな。君しかあの子を抱いてやれなかったものな・・・」
    「あの子が恋しい。イザ、私、あの子が恋しいの。」
    「そうだな。一緒に帰ろう。私たちの国へ。そしてまた国を作ろう、イザナ。」
    「・・・もう少し早かったら。もう少し早かったら。・・・イザ、私、もう帰れない。」
    「なぜだ! 一緒に帰ろう! ヒノコもあっちにいるんだろ! だったらまた一緒に帰ってわが子たちと暮らそう! そして新しい国をまた二人で作ろう!」
    「だめ。だめなの。さっき、私の頭に王冠が乗った。Z類。ラッパが止んでしまった。」
    「ど、どういうことなんだ?」
    「私、女王になってしまった。」
    「なんだ女王って! そんな冠捨ててしまえ! 顔を見せてくれ、イザナ!」
    「ダメ。この王冠を捨てるとあなたたちの国、わたしとあなたが生んだ国が滅びるわ。」
    「どういうことだ! なんだそれ! どうでもいいじゃないか! 早く帰ろう! わが子たちが待つ、私たちの国へ!」
    「約束なの。法則なの。定めなの。逃げられない。逃げれば、私の兵隊が進む。あなたたちが皆喰われてしまう・・・」
    「そんなのどうだっていい! そんなのどうだっていいんだ! イザナ、帰ろう! みんなが待つ、私たちの国へ。」
    「・・・私ひとりでは決められない。みんな、愛するイザ、あなたも消えてしまうかもしれないのよ。私たち二人が生んだわが子たちも・・・。闇が狂って押し寄せる。」
    「それでもいい! 帰ろう! 帰るんだ!」
    「無理よ。・・・で、でも、帰りたい。・・・わかった。こちら側の国の王たちに聞いてみます。女王の座を捨ててもいいのかどうか、この冠を外してもいいのかどうか。待っていて。待っていてください。愛するイザ。」
    「わかった。待っているよ、ずっと。帰ろう。わが家へ。」
    「感じる? この手。」
    「感じるよ、イザナ。君の手だ。この扉の向こうに君がいる。」
    「この扉の向こうにあなたが、いるのね。」
    「そうだよ、イザナ。一緒に帰ろう。」
    「一緒に帰りたい。イザ、一緒に帰りたい・・・」
    「待ってるよ。わが子たちが君の作る夕飯を待っている。帰ってあげよう。帰ろう。」
    「待っていて。私が戻ってくるまで・・・。待っていて、約束よ。・・・いつまでも。」
    「ああ、待ってるよ。」
    「イザ、さようなら。」
    厚い扉の向こうの温もりが消えた。


    ⅩⅤ

    イザは待った。
    厚い扉の前で永遠待った。
    夜か? 目が霞んだ。見える風景がやや歪む。いや、そうではない。何かがすこしずつ変化をしているだけ。
    おかしい・・・そう思いながらイザは目をこする。いくら待ってもイザナは来ない。どれだけ待っただろうか。重くてだるい身体をなんとか起こし、イザが扉を激しく叩きイザナの名を叫び呼ぼうとしたとき、重いはずの扉が内側にすーっと弱々しく開いた。見えなかった世界が顔を見せる。イザナと会える。飲み込まれるように。獲物を誘い込むように。キキキと招き入れられる、餌。
    イザは扉を軽く押し、中を覗く。
    足を踏み入れ、冷たい空気が城の奥から吹いてくる。
    床にはぴかぴかの白の大理石が無尽蔵に敷き詰められ、規則正しく柱が天高く立っている。壁のステンドガラスが清潔な回楼をきらめく色を通してやさしく照らし、どこまで続いているのか端が見えないほど城の中はあちら側へ永遠と続いていた。
    <鏡の城みたいだ・・・>イザは床や壁に映る自分の姿を目にしながら奥へと歩いた。
    ときおり目が霞んだり、目の中の光が消え、見える世界がすべて汚物のような漆黒になりつつも、城の完成された清潔さに目を奪われながら、足を運ぶ。
    イザナー!
    イザナー!
    イザナの名前を呼びながらイザは統率の取れた品のある柱を何本も通り過ぎた。
    イザナー!
    イザの声が反響し、遠くに当たりまた戻ってくる。
    イザは奥へ奥へと歩いた。

    頭がぐらっとした。
    視界が軋む。目に見える世界がチャンネルを替えたようにざざっと違うものに見え、その頻度が増えてきた。イザは見える景色のどちら側に自分がいるのかわらないまま奥へと進んだ。<イザナ、早く一緒に帰ろう>
    円形の天井を持った空間に出ると、そこには夥しい人の列が見えた。人。人人。美しい整列。縦、横、斜めときれいにそろった隊列。その人垣の向こう、目線を上げた先に、いた。
    まっすぐ正面を見、大きな椅子に座る、イザナが。
    「イザナ!」
    イザは叫んだ。
    「何をしているんだ! そんなとこにいないで早く一緒に帰るんだ!」
    イザの声だけがその空間に大きく響き、誰もうんともすんとも言わない。空気だけが重く漂っていて、隊列は崩れるどころか、より固く引き締まった感じがした。
    呼吸音も聞こえず、イザの声だけが反響してこちらに戻ってくる。イザナは目線を変えず、ずっとその場で一点を見つめている。
    「イザナー!」
    イザが声を上げると、イザナがゆっくりと死んだ目でイザを見降ろし、
    「ヤ・ク・ソ・ク」とうつろに口を動かした。
    煌びやかな城内にその言葉はしんと響き、王座に座ったイザナが手を上げ、指を差す。その指先がゆっくりとイザに向き、美しい整列を守った隊列が後方のイザをみな同じ動作で向き見据え、その瞬間、え? イザがそう思うと、さきほど何度か起こった眩暈がまた蘇り、目の中の光が消えた。え? それまで鏡のように美しかった城のすべてが、一転して汚れたおぞましい世界に変わった。身体が浮き、上下が反転し、こちらに指を差すイザナがどろどろ溶けた醜い顔で死臭を吐きながら「コ・ロ・セ」と言った。
    イザはどすんと地面(天井)に落ち、部屋の電気が落ちたような何も見えない黒い世界で急いで双子の顔が付いた指輪に息を吹きかけ、それが祝福の光を放つことを確認すると、今まで自分がいた城が光のないごつごつとした洞窟で、あたりはすえた臭いで充満し、完璧な隊列を守っていた亡霊たちが上部からこちらに飛んで向かってくるのが見えた。<喰われる>咄嗟にそう思ったイザはぬかるんだ地面を四つん這いになって駆け、来た道を走った。嘔吐した。なぜか涙がこみ上げる。

    雲の上でのケンカ。アップルタクシーに乗車したとき。ヒト蛇がいた。鍵を開け、はじめて国を一緒に生んだ。チャプリ雲が現われ、僕たちは救われた。自分の頭と手と足があることをはじめて知った。次々に国を生み、桃色信長からの手紙が届き、僕たちは一緒に神を生んだ。たくさんのわが子に囲まれ、ヒノコが生まれ、君は死に、お葬式をサナギ新宿で済ませ、僕はこの手でヒノコを殺した。なんだったんだろう。生きるって悲しい、辛い、苦しい。楽しいこともあるけども、やっぱり悲しいんだ。そうだろ、イザナ。僕は君に会いに来た。君が恋しいから。君を愛しているから。そして僕は今、君に殺される。生きるって何なんだい? ヒノコは生まれる前から君を殺し、僕に殺されることを知っていた。物語って何なんだい? チャプリ雲が言うように、舞台には役者が必要だ。だけど、役者も役者で心がある。こう演じなさいって言われて、そのまま演じることが大切なのだろうか。イザナ、僕は、もう、何も、わからない。

    イザは逃げた。<生きる>本能のまま。

    「コロセ」後ろからイザナの声が聴こえる。「コロセ」「コロセ」「コロセ!」
    夥しい数の亡霊が襲ってくる。「オマエ、ヤクソク、ヤブタ。オマエ、ヒノコ、コロシタ。コロス。コロセ。」亡霊がそう呻き追ってくる。イザは髪を抜き、念じて投げた。その髪が網目状のネットになって伸び、洞窟をふさぐ。イザは足を速め懸命に駆ける。擦りむいた手と足からは血が流れ、身体のいたる箇所が血にまみれる。もっと早く、もっと早くと自分の足に言い聞かせ、イザは走る。髪の毛の網に行く手を遮られた亡霊たちが言葉にならない悲鳴を上げたかと思うと、その髪の網をどろどろした舌で舐め、飲み込み、穴を開け、そこからまた宙を飛んでやってくる。イザは指輪が放つ光を頼りに先へ急ぐ。亡霊たちの手がイザをつかまえようとしたとき、イザは左手の薬指を噛んだ。指の根元を噛み、噛みちぎり、念を込めて亡霊たちに噛み切った己の指を投げつけた。地に落ちた薬指は地面ににょきにょきと生え、数本、数十本、数百本と生えて伸び、亡霊たちを遮った。イザの左手は血で真っ赤に染まり、痛みとともに『思い出』を売り買いする商店の女主人の言葉をまた思い出した。<失うことの強さ、獲得することの犠牲>何かを得、何かを捨てる。何かを捨てれば、何かを得られるのだろうか。イザの心臓が激しい鼓動で鳴る。巨大な指の柵の前でふらりふらりと飛ぶ亡霊たちがその指を食いはじめた。がじゃがじゃぐちゃぎょじゅ。奇怪でおぞましい音が逃げるイザの後ろから響いてくる。「ウマイ。ウマイ。オマエ、クイタイ。」亡霊たちがそう奏でる。「オマエ、クウ。ワシラ、ヒカリ、クウ。クイタイ。ハラ、ヘッタ。オマエ、クウ。」1500もの亡霊と鬼が洞窟の奥から宙を飛び地を駆けてくる。亡霊たちの尖った手がイザの頭にかかりそうになったとき、カミナリが逃げるイザの足元をかすめた。洞窟内に8つのイカズチが落ち、カミナリがイザを襲い、鳴り、地面が裂け、岩肌は崩れ、腰に帯びた剣がじりっと動いた。ヒノコを斬った剣。
    -とうさん、大丈夫-
    その剣を抜き、暗闇の中でイザは後方に剣を振りながら前へ走った。その力に鬼や亡霊たちは一瞬動きを止め、「ケン、ホシイ。ヒノコ、ホシイ。オマエ、ホシイ。ヒカリ、ホシイ。」と言った。
    暗闇が薄っすらと開けた。イザは手を伸ばして走り、穴の入口に手をかけたとき、8つのカミナリが逃げるイザに標準を合せ、イザの背中にイカズチの弓を引いた。鬼が笑った。
    -喰われる-
    イザが目を強く閉じ、万事休す=dOVE AND PEACH、頭で思ったそのとき、
    桃色の何かが坂道の上から激流の河のように流れてきて、自分の身体を包み、カミナリや亡霊、鬼たちを溺れさせた。死に似た悲鳴がイザの後方で起き、洞窟の奥へ奥へと流れていく。イザは甘い香りに包まれ、心がピンク色になったのを感じた。目を開けるとその桃色のひとつが倒れるイザの前にちょこんといた。
    -ありがとう-
    イザは心の中で唱えた。
    目の前に一本の木が生えている。
    洞窟の入り口に立ち、<この坂道はあの二つの顔のウサギと下りてきた道か>と思っていると、奥から今度は聞き覚えのある声が、いや、その声が煮て焼かれて腐ってどろどろに溶けた音になって響いてきた。
    「コロス。クウ。オマエ。イザ。」
    イザは青くなって震え、坂をのぼった。後ろから黒い、大きい、何かの気配がやってくる。坂を走りながら、<このあたりでH&Mを食べて、急に景色が明るくなって、下り坂だったはずが上り坂に変わったんだ>と思った。後ろから追ってくる巨大な闇がイザに問いかけた。
    「イザ。愛するイザ。」
    イザナ? イザナの声だ。イザは走りながら後ろを振り返った。その向こうに、皮膚が爛れ、目玉がずれ落ち、髪が抜けたイザナがいた。さきほどまでの亡霊やカミナリ、鬼たち全てを屠った巨大な闇、イザナがいた。宙を浮き、こちらに迫ってくる。
    「こちらへおいで。ヒト蛇が吐く黒よ。チャプリ雲の口の中よ。こちらにおいでよ、愛するイザ。心地いいわよ。すべてを喰うの。悲しみも苦しみも喰ってしまうの。あっちの世界じゃ感じることのない喜びよ。こちらで国を生みましょう。こちらで神を生みましょう。こちらでは誰の指図も受けることはないわ。私は女王。ヒノコだって思う存分抱いてやれる。あなたもヒノコを殺さずにすむ。イザ、はやくおいで。みんなで死ぬの。みんなこちらで生きるの。ZGOK城でみんな仲良く暮らしましょう。こちらであちらを食べる準備を一緒にしましょう。光をお皿に並べて、ナイフで切ってフォークで差して、光をこの口に入れて、歯で切り刻んで飲み込むの。なんて素敵な晩餐でしょう。イザ、愛するみんなでこの最初の晩餐をとりましょう。こっちへおいで。こちらへおいで。一緒に食べましょう。一緒に。そうでなければ、あなたを、おまえヲ、クウ!」

    イザはその迫ってくる亡霊の女王に魂を奪われそうになりながらも必死に二本の足で立ち、傍らにあった巨石を、歯を強く噛みしめ動かした。
    その巨石は手のひらの形をしている。
    重い。重い。苦しい。悲しい。イザナ。愛するイザナ。君は死んでしまった。あちらの世界の女王になってしまった。僕は生きている。闇に負けない。わが子たちがいる。彼らを闇に売るわけにはいかない。彼らを闇に喰わせるわけにはいかない。愛しているから。この世界を、光を、わが子を、愛しているから。イザは全身の血を逆流させるかのように身体の全ての筋肉に力を注入し、巨石を動かした。まずは右側の巨石を動かし、次は左。亡霊の女王が近づいてくる。「クウ。クウ。オマエヲ。イザ。ゼンブ。ゼンブ。ヒカリモ。ワガコモ。クウ。クイタイ。ハラヘッタ。ゼンブ。クウ。」イザの心臓が口から出そうになる。汗なのか血なのか涙なのか、身体中の液体が肌からぬるりと出て濡れ、落ちる。愛するイザナ。君を愛している。そして、それ以上に、僕はこの世界を守りたい。イザナの吐く声が近くで聞こえたそのとき、イザナの手が伸び、手の形をした巨石がぴたっとがっちり閉まった。
    「コロセ!!!!!」
    石の扉からイザナの手だけが伸び、空をまさぐっている。爪はからからに渇いて伸び、筋張ったがさがさの肌をしたイザナの手だけがそこで動いていた。
    「イザ! この扉を開けなさい! 約束したじゃない! これからも神を生もうって約束したじゃない! あなたはヒノコを殺した! 私の愛する子を殺した! あなたが憎い! あなたを殺したい! あなたがこちらに来ればいいのよ! みんなをつれて来なさい!  女王の命令よ!」
    イザは目を落とし、石の扉から出たイザナの腐った手を見て呟いた。
    「イザナ。大切な人。君は死んでしまった。君と僕が生み、育てたわが子たちをそちら側に行かせることはできない。彼らは希望だ。夢だ。光だ。その夢や希望が叶わなくても、僕たちは光のもとで生きていかなければいけない。いや、生きる。生きたいんだ。負けても、挫けても、僕たちは生きていかなきゃいけない。何度挫折をしても、この自分の足で立ち上がり、また進むんだ。君が輝いていたとき、僕は君のそばにいた。ケンカをしたり相撲をとったり、君はいつも輝いていた。君が生んだ国々に毎朝声をかける。愛だ、愛だよと君が声を出す。そのときの君の目は輝いていた。その光が、生きるってことなんだ。国や神がこれからどんどんたくましく育っていく。その姿を僕は見たい。君の分も、僕は見たいし、見なければいけない。走って転んで膝を剥いたら、誰が彼らを抱き起こしてあげるんだい? 膝から流れる血を見て泣く彼らに誰が唾を塗って大丈夫だって言ってあげるんだい? 怖い夢から覚めて泣いている彼らに誰が心配ない心配ないって言いながら頭をやさしく撫でてあげるんだい? 君がいない今、誰が彼らに大丈夫大丈夫って言ってあげられるんだ? 僕しかいない。僕しかいないんだよ、イザナ。彼らが悩み、悲しみ、苦しい時も辛い時も、君がいない分だけ、それ以上に彼らのそばにいてあげなきゃいけない。いてあげたいんだ。だから、生きる。生きたいんだ、イザナ。僕はそちらには行けない。」
    イザは嗚咽しながら言った。
    「・・・コロス。待っていろ。闇が光を屠るときまで。呪ってやる。未来永劫、どんなときも毎日お前たちの世界の命を1000喰ってやる!」
    イザナの声が轟音となって石の扉が揺れた。
    イザは泣きながら、
    「・・・そうだね、愛するイザナ。僕は決めた。君が毎日1000の命を食べると言うなら、僕はこちらで1500の命を生むよ。そしてこの世界を美しくする。」
    「待って、イザ。愛する人。この扉を開けて。前みたいにみんなで一緒に暮らしましょ。あなたには私が必要よ。あなたには私の愛が必要よ。ね、イザ。この扉を開けてちょうだい。わが子たちに会いたいの。あなたに、会いたいの。」
    イザナはそう言い、石の扉に頭を打ち付けているのか、扉が激しくゴンゴンと鳴り、爪で壁をひっかいているのか、叫びに似た鈍い汚れた音が響いた。
    イザはヒノコを斬った剣を手に握り、天に上げ、振りおろす。
    すぱっと空気が裂けたかと思うと、
    石の扉から出たイザナの手が切り落され、蛇のように地面を前へ前へとずるずる這った。
    「ギャーーーーーー!!!!!」
    扉の向こうから女王の叫び声が聞こえた。

    そしてH&Mの効き目が完全に切れたのか、

    -大丈夫-
    と言い、

    イザの心にこう聴こえた。

    私はあなたを愛しています
    わが子たちも、すべての光も
    いつまでも、永遠に

    と。
    イザは石の扉に額を付け、ちいさくささやいた。

    さようなら

    イザは坂道を登る。






    おわり
    (次回『幻日本コジキ・ZA3:天岩戸』へつづく)
    © 2018 TOICHI INC.






  • 2018.01.01
    『幻日本コジキ・ZA1:国生み-世界の果ての見えない王国-』
    editor:too hajimu
    アイラヴユー
    この言葉で宇宙ははじまった。
    メメは思う。
    ユーラヴミー・・・


     

    小さな白い花たちが窓辺でそよ風に静かに揺れている。
    やわらかい光を通した白いカーテンの向こうからBやLue、手足たちの笑い声が聞こえる。
    ときおりやや大きめの風が入り、
    カーテンがぼあんと大きく心地よくふくらむ。

    メメは思う。
    手元のほどよい暖かさのミルクティーが入ったマグカップには、
    <幸せであれ。happy smile>と書かれていて、
    その隣の丸いクッキーには、
    こんな変な二コちゃんマークが描かれている。



    メメの眼の中で、
    黒い瞳の中で、
    ピカっ
    ピューんっ
    ピっ
    小さな光が長い尻尾を残して走りはじめ、
    その光の数がどんどん増えてくる。
    徐々に、
    ますます。
    上下左右、
    縦横奥手前、
    その光が増え、
    メメの眼は飛び交う光でキラキラと輝きはじめる。
    銀河のような光の渦。
    光の洪水。

    そしてゆっくり、
    息をのむほどにゆっくりと、
    メメは眼を閉じる。
    世界が終っていくように。
    世界が産道を潜るように。
    目の端に遠くの白いカーテンが揺れるのが見えた。
    大きな風がまたひとつ入ってきた。
    白いカーテンがすこしずつ色を変えグレーになり、

    鐘が鳴った。
    <ゴヲーーンっ>

    最後に、メメは、眼を、閉じた。



    だれもいない





    『幻日本コジキ・ZA1:国生み-世界の果ての見えない王国-』
    絵・文:十一








    「はじまり」は何もなかった。
    暗闇もその輪郭も何もない。
    物がうごめく気配もない何もない場所。
    まさに黒。
    ただ徐々にではあるが、
    右へ左へ上へ下へ奥へ手前へ、
    わずかな「力」が揺れている。
    もちろん音もなく、引っ張られるような、押されるようなその「力」が生まれると、
    一滴のシズクの塊が黒い世界に落ちた。
    闇は驚いた。
    水紋が立ち、
    その輪が広がる。
    どんどん、
    広がる。
    その黒い世界の端がどこにあるのかを求めるように広がっていく。
    そして見えないところまでその輪は広がり、
    この宇宙の形を創りだそうと奥の奥まで入っていった。
    そして、鐘が鳴った。
    アイラヴユー

    その鐘の音と同時に大爆発が起き、
    それも耳を破壊しかねんばかりにこの世とあの世ともう一方の世界へ喜びと悲しみと憎しみの大音量で、
    「オンギヤァーーーーーーーーーー!!!!!」と泣った。

    多くの光がその波紋の上を飛び散った。
    先を行く波紋がこっちだよ、こっちだよと光を手招きしているように。
    父と母がよちよち歩きの子供を導くように。
    「こっちだよ、こっちだよ」と。

    水滴のような塊がいくつか落ち、
    同じような爆発がいくつか起きた。

    イザとイザナはそうして産まれた。
     




    白い世界を覗き、雲と雲の境をぐんぐん進む。
    霞がかった空間を抜けると一転、辺りがはっきりと見渡せる。
    その中をさらにクローズアップして進むと、
    遠くに二つの影が見えた。
    その影は重なり、はじけ、また重なり、ゴツッ、ゴンッと奇妙な音を立てている。

    イザとイザナは兄妹で、似ても似つかない顔をしている。
    イザはすきっ歯で、イザナは出っ歯。
    目がキョロキョロととてもかわいい。
    周りはとても静かで二人が立つ場所は白くもこもこしていて飛んでいる気分だ。
    雲の上。
    今、二人はとっくみあいのケンカをしている。
    イザナが右パンチを出すとイザがくぐって避け、
    イザが後方に宙返りをして蹴りを出すとイザナは半身になりよける。
    しゃがんで足を払う。
    宙に浮く。
    着地する前に次の一手を出す。
    パンチ、キック、ジャンプの応酬。
    二人の手も足も目に見えない速さでバチバチと鈍い音がする。
    一瞬二人の動きが止まったかと思うと、
    イザはたらりと垂れる鼻血を右手であらくぬぐい、
    イザナはニヤッと口元を上げ、目を光らせた。
    どうもこの二人、体力だけはありそうだ。
    イザナが信じられないくらい高く飛び、
    それを見たイザもぐんっと太ももに力を入れ高く飛んだ。
    二人の影が空で交差する。
    バチコンッ!と波を打って空気が揺れ、
    その波動が雲の上をびしびしとはるか彼方まで逃げるように去っていった。
    イザに馬のりになったイザナが無数のパンチを打ち下ろしたかと思うと、
    次はイザが上に乗ってひじ打ちや拳を振りおろす。
    二人は器用に攻撃を避け、
    顔も身体も怪我どころか赤くも腫れていない。
    ぼっこぼこのケンカだ。
    どちらも俊敏に動き、
    どちらが勝っているのか圧されているのかもわからない。
    代わるがわる上になり下になり飛んでは交差するを繰り返している。
    見渡す限り白いもこもこが続くそこで二人はただ待っていた。何かを。

    すると、
    東から、
    ♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
    西から、
    ♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
    南から、
    ♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
    北から、
    ♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
    最後に上から、
    ♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
    と5方向から声が重低音の重奏で聴こえ、
    最後に一拍おいて、
    <イザとイザナはごくりと息をのんだ>
    そのすべての声がパイプオルガンのハーモニーのように深い神聖な旋律でひとつになって大合唱で鳴った。
    それも♪ドレミーファソラシドーの諧調で、

    「クニヲ~ウミナサイ~」

    二人は直立して四方八方声がする方向に目を向け、
    最後には上を向き、
    大合唱が終わると二人は目を下げ互いを不思議そうに見つめ、
    頭の中は、
    <?>
    でいっぱいになったが、
    声をそろえてこうつぶやいた。
    「YES.」
    それが、二人が初めて口にした言葉だった。
    そして、それまでなかったものが首にかけられ胸にぶらさがっているのに気付いた。
    たくさんの鍵とたくさんの鍵穴だった。
     




    イザとイザナは胸がどきどきし、
    高まる興奮でやや頬を紅くしたが、
    どれだけ時間が経ったのか、
    しばらくしてさっきの大合唱の声がやさしくまたは厳しく降ってきた。

    「舌で雲の下をかき回してみなさいー」

    これまた重低音の重奏だ。
    イザとイザナはこの全方向から響く声を<5方向の声>と勝手にニックネームを付けてほほえみ、
    上から舞ってくるものに目を向けた。

    一枚の布らしきものがひらひらと落ちてきて、
    二人の頭にのっかかった。
    二人は無造作にその布を頭からひらりと取ると、
    また一枚今度は小さいものがゆらゆらと落ちてくる。
    二人は両手を胸の高さに上げてゆっくりと落ちてくるそれを互いの手のひらで静かに受け止めた。

    それはメモで、
    こう書かれている。

    <国生み舌の取り扱い説明書>
    1、布の両端の吹き込み口から息を吹き込む。
    2、布の色が白から緑になるまで息を吹き込む。注)パンパンになって赤色になるまで吹き込まないように!
    3、その舌(当製品)を破裂しないように雲の穴に垂らす。
    4、舌を使ってゆっくりかき混ぜる。
    5、舌の先から宝が出てくるまでやさしく振ること。
    使用期限:本日一日のみ ※保管不可。但し冷凍の場合は7日間可。
    製造元:株式会社インヴィジブル
    商品に関するお問い合わせ先:赤い樹1号室コールセンター

    二人は<取り扱い説明書>を読むとおもちゃを与えられた赤子のようににっと笑い、
    まずは1をやってみることにした。
    吹き込み口はわかったが、息を吹き込んでもなかなかそれは膨らまない。
    ぜーぜーいいながら、二人は懸命に吹き込むと、
    白だった布が厚みを増して膨らんでいくうちに奇妙に色を変え始めた。
    白から茶色、
    茶色からピンク。
    ピンクから黄色、
    黄色からブルーへと。
    最後に紫になったと思ったら、
    完成の緑色へとじょじょに変化していった。
    もうこんなもんだろと思った二人はほっと一息ついて栓を閉め、
    両手を投げ出し、腰をおろした。
    なんのことかわからないが、
    目の前には緑色の分厚い、巨大な<舌>がでんっと寝そべっている。
    でも、軽い。

    二人は腰を上げ、
    周りを見渡すと、
    知らないうちに二人の後ろに穴が開いていた。
    白い雲に黒い穴ひとつ。
    <連動して雲に穴が開く仕組みなのか?>と思いつつ、
    雲から下の空間が顔を見せた。
    二人は、次は3だなと思いながら、
    少々雑に舌を持ち上げ、
    その雲の穴にその舌を先から垂らしていった。

    雲の下の空間は暗く、
    どこまで続いているのか、
    何がどうなっているのかまったくわからない。
    濃い霧が充満しているような、
    綿菓子の中に入ってしまったような空間がそこにはあった。
    巨大な蛇がとぐろを巻いているような、
    超高層ビルと同じくらいの高さのでっぷりとした卵がいるような、
    どろどろとしたもやもやとした、喉の奥がねっちょり粘るような働きがそこにある。
    サハラ砂漠で氷河に乗った白クマが猿のように身軽にこちらに飛びかかり無数に並んだ尖った鮫の歯で大口を開けて頭からがぶりと襲いかかられる気分。

    次は4。
    イザとイザナはその巨大な緑色の舌の上部両端を持ち、
    垂れ下がった舌が雲の下で円を描いて回るように舌を振り、
    最初はうまくいかなかったが、
    コツをつかんだようで二人は息を合せて舌を回した。
    それに合せて濃い霧のようなものがぐるぐるぐるぐると回り始め、
    どんどん霧が晴れていく。
    霧が晴れていくかと思うと、
    遠くとおーくの下に、
    なにかしら底らしきところが見えてきた。
    <あ、あれが底かしら?>イザナがふと考えたとき、
    <あ、なにかが出てる?>イザは思った。
    二人は舌の先からなにやらキラキラ光るものが放出されているのを凝視し、
    そのキラキラ光るものがさきほどの底へと落ちていくのを、腕を動かしながらぼーっと眺めていた。
    二人はその舌をゆっくり、ゆっくり、
    力強く前後左右、円を描くように振り、
    その緑色の分厚い舌の先から光るものがキラキラと線を引くように落ちていくのを見守った。
    5。

    一瞬違った光の色がきらりと輝いた。
    それは赤いダイアモンドだった。
    そう、舌の先から流れ出ているものはすべてダイアモンドだったのだ。

    舌の先から流れ落ちる無数のダイアモンドははるか下で集まり、
    やがて光る島になった。
    しばらくすると舌の先から流れ落ちるダイアモンドの数が減り、
    緑色の巨大な舌がうっすらと元の色へと数色変わって白へと戻り、
    イザとイザナが動きを止めると同時に最後は透明になってふあんっと消えた。
    <と、同じくして説明書のメモも点になって消え、小さな光になって上へと飛んでいった>

    二人は腕が軽くなったと感じたせつな、
    にんまりして雲の端を両手でがっと握り込み、
    雲の穴の下の世界を覗きこんだ。
    怖いが、見たい。

    遠くにキラキラ光る島がある。
    <あぁー、きれい・・・>
    と二人が思っていると、
    こちらに向かって何かが伸びてくる。
    にょきにょき、にょきにょきと音もする。
    どんどん迫ってくる。
    赤い何かが秒速で向かってくる。
    にょきにょきと鳴った音が今度はゴ―っという轟音に変わり、
    どんどん近付いて二人はその勢いに負けて仰向けに尻もちをついた。
    死ぬかと思った。
    殺されるかと思った。
    それは上へ上へと伸びていく。
    二人は口をぽかんと開けてそのさまを見ているしかなかった。
    驚きを超えて二人が放心状態でいると、
    電子レンジの音のように、
    「チ―ン!」と世界に響いた。
    二人はぶるっと震え、
    目の前には雲の穴から天に伸びる赤い大樹が生えている。

    イザとイザナは互いをザッと力強く睨みつけ、
    声を合せて天へ叫んだ。
    「YES!」
    その二人の声は限りない空間へと漂いまだ永遠とこだましている。



     
    イザは樹の表面を手のひらでそっと触れてみた。
    ドク、ドク、ドクと樹自体が脈打っている。
    頭の中に変なニコちゃんマークのクッキーの甘味が漂った。
    イザはイザナを振り返り、
    手を差し出した。
    イザの目は爛々と輝いていて今自分は生きていると証明しているようだった。
    イザナは少し不安を感じながらもイザの手をとり、
    イザの手からドク、ドク、ドクと脈打つ赤を思いだした。
    そしてイザナは一発イザの右頬にパンチを食らわした。
    赤い大樹の表面はつるつるだが全体に産毛がそよそよと生えている。
    すべての枝は痛いくらいに尖っていて、
    無数の針と剣のように乱雑に伸び、
    樹自体が己を護るかのごとく成長しているが、
    ぐにゃぐにゃとゴムのように柔らかい。
    枝に付いた葉っぱは手で触ると赤からピンクに変わり、
    息を吹きかけるとミントグリーンに変わった。
    イザは樹をなめてみた。
    ビターな大人のチョコレートの味がした。

    <プップー!>
    赤い樹を伝って上から何かが降りてくる。
    黒い虫?
    器用に枝と枝の間を俊敏に避けながら張って降りてきて、
    二人の目の高さでぴたっと止まった。
    親指の爪ほどの大きさだ。
    赤い樹に張り付いた黒い物体。
    先から光が下を向いてが伸びている。
    昆虫の目かと思ったら、
    その目が開き、
    一拍おいて「どうぞお客様。」、羽根だと思っていた後ろのドアが開いた。
    二人は目だと思っていた窓の中を覗きこむと、
    林檎の頭をした運転手らしき紳士がこちらをひたと見つめている。
    その顔には小文字のaとhが刻まれていて、べろを出している。
     

    「どうぞお客様。」
    再度そう言われてイザとイザナは目を合わせた。
    イザが目をこらして黒い物体に顔を近づけると、
    それは巧妙にできた黒い車体だった。
    隅々までうっとりするような艶を出し、夜のないロンドンの街中を走っているまさにあの黒いタクシーだ。
    イザナが後ろでにやっと笑い、イザをひじでこついた。
    イザが後方の開いたドアに人差し指を差し込もうとしたその瞬間、
    ドアがバタンッ!と鳴って勢いよく閉まり、
    イザとイザナはその親指の爪ほどの黒いタクシーの後方の座席にぴたっと綺麗に座っていた。
    へ?
    黒い皮手袋をした頭が林檎の顔にahと書かれた運転手が頭にちょこんと乗っているハットのつばを軽く下げ、
    「アップルハートタクシーにご乗車いただきありがとうございます。」
    そう紳士的に言って、後ろに座る二人に向かって3ミリ頭を下げた。
    イザとイザナは握り合っていた手に力をぐっと込め、
    二人は口の端と端が均等に上がってにっこりとするのに気付いた。
    胸がわくわくする。
    頭が林檎の運転手は一度アクセルをぶおんと吹かしたと思うと、
    前を見て、
    「どちらまで?」と規則正しく言った。
    フロントガラスから見える先は地面が赤で空が黒。
    赤い枝が障害物のようににょきにょきと生えている。
    イザとイザナは握りあった手を離し、その手でまっすぐフロントガラスの先に見える遠くの光を指差した。
    「世界で初めての島。ダイアモンドの島までですね。御意。」
    頭が林檎の運転手はそう言うと、
    「Ladies and gentlemen, Fasten your seatbelt please.」と言って、ハンドルを美しく10時10分の角度で握った。
    イザとイザナはシートベルトを締め、
    車内の調和のとれた艶を放つ皮のシートに身を沈め、
    一瞬その完成された心地よさに安堵した。
    運転手の左前にある料金メーターらしきものがぐるぐる回ってちんっ!と止まったかと思うと、
    <To ダイアモンド島 Have a nice day and a safe trip!>と表示された。
    「では出発進行。ご安全に。」運転手は自分に言い聞かせるようにつぶやくとアクセルを踏み、
    その発車のスピードでイザとイザナの身体は背中のシートにべたっと圧されるようにひっついた。
    車内にパブロ・カザルスが演奏するバッハの無伴奏チェロ組曲第1番が流れはじめた。

    きゅる、きゅると小気味よくハンドルを切る頭が林檎の運転手。
    だが車内は一切揺れない。
    ダッシュボードの上に運転手と似ている人形(頭が林檎で身体がクマのおもちゃ)が立っていて頭の林檎だけがカタカタと僅かに揺れている。
    暖かく護られた、ゆったりとした心地。
    ヘッドライトに照らされた先は黒い闇に赤いとげどけしい木々が乱雑に立っている。
    その間を超特急、猛スピードで黒いタクシーは走り抜けていく。
    カザルスのチェロの音がゆるやかに流れる。
    イザとイザナはうとうととした。
    さきほどの雲の上でのケンカの原因は一体なにだったのだろう?
    車はまた一段スピードを上げ、赤い樹を降りていく。
    車窓の景色はすべて横に線を残して残像だけが映り、
    チェロの音色とうまく社交ダンスをするように口笛が聴こえてきたなと思ったら、
    <ハイホー、ハイホー、声をそろえー>のメロディーに合わせて運転手が口笛を吹いている。
    バッハの音楽で太っちょの小人たちが踊るさまをイザナは想像した。
    <It's home from work we go!>
     

    どれだけ走っただろうか。
    どれだけ降りただろうか。
    下に見えるダイアモンドの島はさきほどまではずっと強い光を放っていたのに、
    二人がアップルハートタクシーに乗って大樹を伝って降りていくにしたがって、
    点いたり消えたりの状態になり、
    まるでどこかに信号を送っているかのようにぼあんと点いては、ぼあんと消えるを繰り返した。
    赤い道はまだまだ続いている。

    車が点滅ライトを点けて止まっていることにさえ気が付かなった。
    ピッコン、ピッコンとハザードランプが安全に安全にと言っているかのように点滅を繰り返した。
    「ご到着。」運転手が黒いネクタイを少し強く締めなおしながらそう言うと、
    後ろのドアが重く開いた。
    「またのご利用、心よりお待ちしております。よき旅を。勇気を持って。」
    イザとイザナがちょこんと頭を下げ、
    林檎の形をしたアップルハートタクシーの名刺を受取り、ダイアモンドの島に足をおろしたとき、
    二人の身体が元の大きさに戻り、
    島全体が最後の一呼吸をしたかのようにぼあ~んと大きく光り、光は消え去った。
    名刺にはさきほどの運転手の名前と、
    座右の銘が書かれている。

    ルイ・アームストロング3世Jr
    -座右の銘-
    身内と言えども敵は敵

    暗殺者かよ、二人はそう思った。
    林檎の頭をした規則正しい律儀な暗殺者。
    彼ならスナイパーとして東京タワーの上からニューヨークエンパイアーステートビルディングの先っぽに停まっている白い鳩の喉元を的確に撃ち抜くことは容易だろう。
    ラフマニノフのピアノ協奏曲二単調作品30を大音量で響かせながら黒いアップルハートタクシーは猛烈な速さで赤い樹を上っていく。
    <ご安全に>
    イザとイザナは心の中でそう願った。

    イザとイザナが島の上を歩くと、一足ごと足の形に地面がやわらかく光る。
    それがたまらなく楽しくて二人は島全体を飛んだり跳ねたりしながらも大切に歩きまわった。
    足跡がひっそり光る。
    光って消える。
    踏み固められた土地。
    そして島が島となった。
    島には閉じられた目が2つと、鼻と口がひとつずつ付いていた。

    二人はまずその島に家を作った。
    赤い大樹の枝や表皮を使いごくごく簡単に作った。
    そこに<初めての家:The First Home>と記し、
    地面に散らばるダイアモンドの粒を使ってこんなマークを入口に描いた。
     




    赤い大樹にはところどころ穴が空いていて、
    その穴を通じてさきほどまでいた雲の層、
    またはその上まで声が届くような仕組みになっていた。
    その逆もあり、
    上からの声もそこを通じて話せるようになっている。
    <赤い樹1号室コールセンターにも繋がるのだろうか>
    耳を傾けると、
    その穴からはだれかのふかーい呼吸音がゆーっくりと響いている。
    イザナがその穴を覗いていると、
    ぼんやりと薄く何かが見えてきた。
    ピエロの仮面をかぶった長身の毛むくじゃらの姿。
    <I AM LUCKY>と描かれた白いTシャツを着ている。
    一転、別の顔が映り込み、何かを話している。
    こちらもかわいい仮面をかぶっている。
    ごつごつした固い岩のような顔の皮膚。
    その後ろに複数の手と足がぴょんぴょん飛び回っている。
    イザナはイザを手招きし、二人でその世界に見入った。
    二人の目に映る世界はこちら側とはうってかわって見たこともないカラフルな色で彩られ、
    古い映画のようにかたかたとコマ送りの映像になって映し出されている。
    ごつごつとした顔をしている仮面をかぶった小人がさきほどの毛むくじゃらの大男の肩にのり、
    こちらに近づいてくる。
    肩に乗った小人のシャツには<YOU ARE LUCKY>と描かれているのが見える。
    彼らの口がぱくぱくと動いているがイザとイザナにはなにも聞こえない。
    彼らが向こう側で手を振っている。
    その手がどんどん大きく映し出され、
    指が画面全体に黒く丸く映ると、
    画面がこちら側に膨れた。
    膨れた画面からほそーい黒い線がぶにゅ~っとつるつる出てきた。心太みたいに。
    その黒い線はどんどん伸び、
    イザとイザナは恐怖でぱっと穴から顔を離し、
    初めての家の裏へダッシュして身を隠した。
    恐る恐る顔を出してその線を見つめると、
    赤い大樹の穴からまだまだ伸びて宙に浮いている。
    黒い線だけだと思えば白い線も伸び、
    ぶちっと切れてそれぞれ宙にほわほわ浮いておかしな形を作りはじめた。
    こちらの世界では存在しないものだ。
    文字なのか、
    形なのか、
    何かを伝えたいのか、
    象形文字のようにその線は宙で形を作り、
    猫みたいになったり、
    猿みたいになったり、
    蛇や牛、キリンやクマ、馬、イザやイザナと同じような人の形にもなった。
    それらが手をつなぎ輪になって踊り始める。
    それらの背景もこの世にはない色を持って背後でかすみ、
    赤い大樹を中心にその輪がどんどん大きくなり、
    イザとイザナは地面に頭を抱え、この線のおばけの集団から逃げたい一心で目をつぶって念じていると、
    二人の肩をとんとんと叩く。
    ん?と顔を上げるといろんな形をした線たちが声もなく、
    「いっ・しょ・に・お・ど・ろ」と伝えてきた。
    二人の身体は力が入らなくなり、
    操り人形のように立ち上がり、
    その線のおばけたちと手をつないで輪になって踊った。
    輪がどんどん大きくなる。
    線のおばけたちもどんどん数が増える。
    見たこともない色たちが空気を染める。
    イザとイザナの目がとろんと落ちたとき、
    島が<ギャフンッッッ!>とくしゃみをした。
    -まだはやい-
    その瞬間、その線のおばけたちがこちらの世界から滲んで消えた。
     




    上には雲。
    島以外、見渡す限りなにもなかった。

    二人は5方向の声が放った言葉を思い出すと、
    胸にぶら下がっていた鍵と鍵穴がかすかに震え始めて擦れ、あたりに鈍い鉄の音が広がった。
    <クニヲ~ウミナサイ~>
    5方向の声はそう言っていた。
    二人がそう思い出していると、
    「林檎。口を使って言葉を話してみなさい。」
    え?とイザとイザナは声の主を振りかえった。
    赤い樹に寄りかかって立っている腕を組んだ亡霊が見えた。
    淀んだ息を吐いている。
    ぼやけていた輪郭がよくよく見ると鮮明になっていき、
    人の形が小さく変化して蛇になって現れた。
    ヒトラ蛇だった。
    イザはがさがさとした声で切れ切れに痛々しくこう言った。
    「これが声。これが言葉。」
    それを見たイザナは、
    「言葉は命。命はまこと。」とやや興奮した調子で言った。
    そして二人は言葉を自由に話せることがこの上ない楽しみのように、
    同時に同じスピードで同じ唇の形を作り、
    「愛だ、愛だよ。」と自然に吐きだした。
    宇宙には言葉が満ちた。

    「きみたちは国生みをするためにやってきた。さあ、お教えしよう。」
    ヒトラ蛇はそう言いながらにょろにょろと樹を滑り降り、
    知らない間に初めての家に記されたマークのところに上って二人よりやや高い目線で話しはじめた。
    イザに向かって、
    「きみがもっているのは鍵だね?」
    「YES.」イザは答えた。
    「きみがもっているのは鍵穴だね?」
    「YES.」イザナは答えた。
    「よろしい。では答えだ。鍵を持っているきみはこの赤い大樹を反時計まわりに回り、鍵穴を持っているきみはこの赤い大樹を時計回りに回ってきなさい。」
     

    イザとイザナは首をかしげながら、
    イザナが、
    「どうして?」と言った。
    イザはそれを聞いて頷いた。
    「私を見なさい。私には手がない。ということは手を使って満足にパンを食べられないと言うことだ。ということは手を使って満足にブドウ酒を飲めないということだ。」
    「はい・・・それで?」
    イザが答えると、
    「私には足がない。ということは足を使って満足に宣教できないと言うことだ。とういうことは足を使って満足に民をわたしの『モノ』にできないということだ。」
    そうヒトラ蛇が言うと、
    「私は自分の手となるモノを呼んだ。私は自分の足となるモノを呼んだ。世界はバランスを求めている。そして君たちが下りてきた。すべてがそろった。今は私の『時』だ。その幕が上がる。鍵を開けるのだ!法則に従え!命令に従え!」
    イザナは目がしらの奥がズキンと痺れるのを感じた。
    「バランス。時も金も生命の数さえもすべてが潮の満ち引きのように天秤に乗せられて計られている。全ての数は決まっているのだ。それは幸福も不幸も同様。誰かが殺し、誰かが生きる。君たちは私の手足となるためにここに来た。私の理想郷を作る手足として。そう、私の番だ。」
    ヒトラ蛇は不吉な笑みを浮かべて二人に語る。
    「なぜあなたの手足なの?」イザが聞くと、
    「君たちは国生みの方法を知らない。それが君たちの役目だ、ここに降り立った。私は頭。私は知っている。それが答えだ。君たちは私がいなければ先に進めない。世界が始まらない。満足に何がパンで何がブドウ酒かさえもわからない。そういうことだ。」
    イザとイザナの手が微妙に震えた。
    先に進めない。それは全ての終わりを意味しているのだとはわかっていた。
    物語には始まりと終わりがある。
    途中でページを捲る人物がいなければ、
    その物語は死臭を放つただの石ころの幽霊のようなものだ。
    実体がありそうで存在しない、この世に存在する意義がないもの。
    鳴らない鐘は鐘でいる心がない。

    二人は痺れる思考のまま、
    ヒトラ蛇の言うようにイザは反時計まわりに回り、
    イザナは時計回りに赤い大樹を回ってきた。
    そしてヒトラ蛇が何かを言う前に、
    イザナは意図的にイザの胸から下がっている鍵を一つ手にし、自分が持っている鍵穴に差し込むと、
    「ちがーう!!!」とヒトラ蛇がぎりぎりと叫んだ。
    イザナが開けようとして一体となった鍵を見るとびっくり仰天驚いた。
    鍵は開かず、それは変な生き物に変わっていた。
    ふにゃふにゃとした、
    ぼろぼろとただれる物体だった。
    ただただ醜い未完成の塊。
    「そんなものは捨てろ!不完全なモノはこの世に必要ない!捨ててしまえ!殺してしまえ!必要なのは完全なる帝国だ!」
    そうヒトラ蛇が言うと、
    ごほんっとひとつ咳をして、
    「まず先ほどと同じように赤い大樹を回り、鍵を持っているきみ、きみがはじめに鍵を差し出すのだ。そしてもう一方のきみ、その鍵を受け入れて鍵穴に入れなさい。そうすれば美しく鍵が開く。世界が理想に完成する。」
    二人は言われたとおりにやってみた。
    あら、ほんと。
    鍵が開いた。
    開いたと思ったら、光を落していた島の全てのダイアモンドが一斉にドクンっと鳴ってぶるっと震え、島の鼻が一回深く呼吸を吸って、ぼあーんと光った。

    島が揺れはじめた。
    ゴゴゴ―と地面が響いたかと思うとぞわぞわと波打ち、
    遠くの西の方角に、ぼこっぼこっと巨人が地面から這い出るようにぐぐいと地表が盛り上がり、
    「その開いた鍵をあの島に投げるのニャー!」と裏返った声でヒトラ蛇が猫のようにキーッと絶叫した。
    イザとイザナは届くかどうかもわからないまま、
    首から外したひもを二人で持ち、
    その開いた鍵を新しい島へ向かって投げた。
    開いた鍵は一瞬ピカッと光ったかと思うと、
    自分の意思を持った光となって飛行をはじめ、
    美しい放物線を作りながら、
    その島めがけて飛び去った。
    その光の先を見ていたイザとイザナとヒトラ蛇はごくりと唾を飲むと、
    西の遠くのその島が黒い口を大きく開けてその光を飲み込んだ。
    天にめがけて光の柱が立ちあがった。

    「ほれ、国生みだ。」
    ヒトラ蛇が二つに割れた舌をチロチロ出してにやにやしながら言った。

    イザとイザナは額に大きな汗を浮かせ、
    「・・・YES.愛だ、愛だよ。」と疲れきった身体を仰向けにして答えた。

    「闇は深い。闇は光に負けた。そもそもこの宇宙は闇のモノだ。光が闇を奪った。闇は光を憎んだ。だがそれは今だけだ。闇は光の影で何万何億何兆もの軍隊を率いている。私はその鍵を開ける役目。お前たちが眠っている間、闇は光の首を咬み切るときを今か今かと息を殺してひっそりと待っている。そして、鍵が開いた。」
    ヒトラ蛇が言った。

    ヒトラ蛇の口から黒い液体の塊がどろどろと出てくる。
    すべてのこの世に存在する万物をその黒い液体が犯して喰っていく。
    憎い、憎いと呪文のように語りながら屠っていく。
    キキキ・キキキと闇の笑い声が混じってその領土を増やしていく。
    片目の海賊が新しい土地に足を踏み入れ原住民の幼い少女の首を幅広剣で切り飛ばし少女の視界が空を飛ぶ。
    わたしはどこへいくの?どこへもどるの?少女の目が最後に映したものは海賊の潰れた片目。その、黒。
    闇が憎い憎いと光の首に歯を立てる。
    ヒトラ蛇の口から溢れ出る黒い液体がこの世界を飲み込んでゆく。
    わたしのモノ・わたしのモノと言いながら。




    喉が渇く。
    ひりひりとする。
    身体が動かない。
    力が吸い取られる。
    この満ち足りた充実感となぜかけだるい喪失感がイザとイザナを襲った。
    指がぴくぴくと動く。
    まつ毛がさらさらと擦れる。
    ここはどこでここはいつなのだろうかとも感じる。
    心に宿る満足感と達成感。
    疲労を訴え、もぎ取られるような手足と心臓。
    虹を見た後に誰もいない家に帰る錆びた鉄の味。
    満天の星空の下でひとり孤独に膝を抱え血に飢えた数十匹の狼が自分を取り囲み舌舐めずりする匂い。
    イザとイザナは空気の抜け切ったタイヤのように、溶けるかのごとく島に横たわった。
    近くでヒトラ蛇の身体を振る音が聞こえ、
    チロチロと出すヒトラ蛇の舌の動きが想像できた。

    「はい、次だ!」
    ヒトラ蛇がそう言っている。
    「美しい島。美しい国。美しい民族。美しい血。完成されたそのすべてが、美しい。」
    自分に酔い、独り言のようにヒトラ蛇は歌い、
    その音色にイザとイザナは身体の芯から震えた。

    赤い大樹が見える。
    初めての家も見える。
    さきほどまで二人がいた雲の世界が見える。
    ヒトラ蛇が口から吐き出す黒い液体が見える世界を闇に染めていく。
    せっかく生まれた世界がまた産道を戻っていく、闇へと。
    自分たちの身体へも、闇が、黒い液体の塊が迫る。
    食べられる。
    なにかに生まれ変わるのだろうか?
    闇が戻り、次は闇の赤子が産まれるのだろうか?
    -死ぬのか-
    仰向けに横たわった二人の緩んだ瞳孔がキュッと締まった。
    何かを、見つけた。
    ひとつの雲がこちらに流れ、近付いてきた。
    「ごくろうさーん。」
    顔の形をしたその雲はそう言った。
    「ごくろうさーん。」
    その声はとても暖かく、イザとイザナは桃を思い出した。


    「疲れたじゃろう。そらそうだ。国生みは大変じゃ。ヒトラ蛇、お前には愛がない。愛が。」
    ほほんとその雲は言い、
    ヒトラ蛇に息を吹きかけた。
    その猛烈な息は電柱の3倍か4倍の高さの津波のような風を作り、
    びらびらと黒い液体を吹き飛ばしていく。
    世界がびりびりと震え、闇は恐れるように遠くへ逃げていく。
    ヒトラ蛇は眉をひそめ、しまったという顔をしてその風に対抗して立ちながら、吐きだした闇をごぼごぼと口に戻し、
    「出やがった。この喜劇役者め。同じチョビ髭をしているがこうも違うか。世界は私のものだ、こいつらを使ってな。ヒヒヒ、チャプリ雲よ。」
    ヒトラ蛇がそう言うと、
    チャプリ雲と呼ばれたその雲は、
    「お前たちは疲れたじゃろ。まずはお休み。国生みはまだ続く。ゆっくりお休み。世界はまだ生まれたばかりじゃ。」
    そう言うと、
    ヒトラ蛇に向かってこう答えた。
    「ちょいと来るのが遅れたようじゃの。だが間に合った。安心安心。わしとお前は同じころに誕生した。罪深きだのう。お前とわしは表裏一体。形は違えど同じ役目じゃ。同じ役目と言えども、方法が違う。罪深きだのう。」
    泥のような疲れで身体の動かないイザとイザナは、
    頭上で交わされている二人の言葉を目で追うことしかできなかった。
    右へ左へ揺れるゆりかごで眠っているかのように。
     




    「鍵は開いた!こいつらを使って私は新しい世界を作るのだ!私には手がない。足がない。だからこいつらが私の手であり、足である。私の帝国の兵隊だ!」
    ヒトラ蛇はそう言ってチャプリ雲を睨みつけた。
    チャプリ雲はヒトラ蛇が今言ったことを同じように繰り返した。
    「鍵は開いた!こいつらを使って私は新しい世界を作るのだ!私には手がない。足がない。だからこいつらが私の手であり、足である。私の帝国の兵隊だ!」
    それもおどけて。
    言い方もまねて。
    まだ横たわっているイザとイザナは心の中でほんのりとほほえんだ。
    なんだか心が温かくなる。

    どれだけ時が過ぎただろう。
    「さあて、もう時間だぞ。イザとイザナ、起きなさい。」
    チャプリ雲がそう言うと、
    大きく口を突き出し、横たわっている二人に息を吹きつけた。
    ぶーぅー
    その息を受けた二人の身体は緑の葉っぱが隅々にまで栄養を届けるようにぴしぴしと伸び、
    身体の骨という骨すべてがより固く引きしまった感じがし、
    心臓もまっさらな赤い血を決まった法則で飲んでは吐くをたくましく繰り返し、
    再生されたかのようにしっかりと両足で立ちあがった。

    「国生みの再開じゃ。まだまだ長い旅じゃぞ。」
    チャプリ雲はイザとイザナにウインクをした。
    「なんだと三文役者!こいつらは、雲から降りてくる前から俺が目をつけていた兵隊だ!お前にやるものか!」
    ヒトラ蛇は目を吊り上げて叫んだ。
    「さてさて、イザとイザナ。お前たちはこのあとも国生みという大事な仕事が残っておる。これはある記録に残っているやらなければならない仕事じゃ。わかるかな。これは成就しなければならない行いじゃ。成就をせねば先がない。先がなければわしらが存在することもない。わかるじゃろ。」
    イザとイザナはチャプリ雲を見て頷いた。
    「さてさて、そこのちょろちょろした蛇はもう檻に入る時間がきたの。わしが来るのがもうちょい遅ければ、この世はまた母へ戻る。闇の時代が続く。だが物語は始まらない。今はこやつの『時』ではない。今はお前たち二人の『時』じゃ。自分の頭で考えなさい。自分の手で触れ、創りなさい。自分の足で立ち、歩きなさい。すべてがお前たちに与えられたプレゼントじゃ。悲しいかな、敗者の歴史は残されない。舞台には役者がいる。役目がある。ただそれだけじゃ。イザとイザナ、赤い大樹の枝で檻を作っておくれ。さっきわしがやつに吹きかけた息でやつはもうすでに身体が固まって動けないからの。ホホホー。」
    チャプリ雲の言葉のように、
    イザとイザナは赤い大樹の枝を使って檻を作り、
    その中にヒトラ蛇を入れた。
    ヒトラ蛇はその間も<宇宙は我のためにある!とか、帝国万歳!とか>ずっとぞっとするような言葉を発していて、
    檻の中でも光を崩壊するためになんやらとか叫んでいた。

    「その時は来る。その時は去る。イザとイザナや、その檻をわしに向けて投げなさい。こやつをこの世界に放つ時間は終わりじゃてな。わしがわしの中で飼いならしているのがいい。表と裏。闇と光。この世とあの世。すべてはリンクして結局同じ世界じゃ。ホホホ―。」
    イザとイザナはチャプリ雲めがけてヒトラ蛇が入った檻を投げた。
    チャプリ雲の口が大きく開き、
    その口が顔よりも大きく大きく開いて黒い闇を見せ、
    その闇がさきほどのヒトラ蛇が吐き出した黒い液体の塊と同じ種類のものだと二人は気付いた。
    どこかで見た、どこかで感じた、なにかとてつもなく怖い力、恐怖。
    汚れ、楽しみ、思い出、涙、命、美しさ、喜び、憎しみ、心、そのすべてを吸い込む。
    イザとイザナの身体も、吸われて食べられてしまうかのように黒い大きな力で引っ張られ、
    髪をなびかせながらも二人は二本の足でしっかりと立ち、足の指で固く地面を握った。
    二人は泣いた。泣いて泣いて、嗚咽し泣いた。
    泣いて泣いて、泣いて、泣いた。
    -生きたい-
    ヒュンっ!とヒトラ蛇の檻は深い闇にのまれていった。
    <I’ll be back.>
    ズオオォォォーと音を鳴らしながら雲の口が閉められていく。
    風がおさまり、ポッと聞こえたかと思うと、
    静寂な空気の音が回りに漂った。
    世界が美しいバランスを取り戻した感じがした。

    空気がきれい。
    まるで世界が洗われたよう。
    すべてが輝きを取り戻す。
    命がドクドクと鼓動する。
    「では、イザとイザナ、国生みの方法はもうわかったじゃろう。遅れてすまんな。アイムソーリー。物語が変わるところじゃった。自分たちのその頭で、その手で、その足で、国を生みなさい。物語が成就するために。」
    チャプリ雲はそう言うと、
    最後にイザとイザナにふかーく息を吹きつけた。
    二人は身体が一層大きくなった気がした。
    心も塵が晴れたように軽くなった。
    地面を踏みしめる足がどすんと根を張った感じがした。

    二人が自分たちの足を見、両の手のひらを見てチャプリ雲を見上げたそのとき、
    チャプリ雲はやや消えかけの姿で最後にこう言った。
    重低音で、
    5方向から聞こえるかのようになおかつ重奏に、
    ♪ドレミーファソラシドーの諧調で、

    「クニヲ~ウミナサイ~」

    そして、消えた。




    イザとイザナは兄妹。
    目はふたりともくりくりとしていてかわいい。
    国生みは大切な二人の仕事だ。
    その後、国生みはうまくいった。
    物語が成就するために。
    赤い大樹は今もたくましく脈を打って天までそびえている。
    二人はその後いくつの国を生んだのだろうか。
    8つ?14コ?
    彼らが生んだ国はもこもこと元気に育っている。
    そこは未来、「日本」と呼ばれる国となる。
    次に待っているものはなんだろう?
    イザとイザナはダイアモンドでできた島に寝そべって、
    赤い大樹と初めての家に見守られながらこう言った。

    「YES.愛だ、愛だよ。」

    そして、鐘が鳴る。
    世界がはじまる。





    おわり
    (次回『幻日本コジキ・ZA2:神生み』へつづく)
    © 2018 TOICHI INC.


  • 2017.12.25
    『幻日本コジキ・ZAX:はじまり-世界の果ての見えない王国-』
    editor:too hajimu
    「まだまだ起きないね?」

    「うん、そうだね。」

    BとLueは不思議そうにメメを見つめ、
    「すやすや眠ってるみたい。」
    「うん。夢でも見てるのかな?」

    「ぐっすり寝ているみたいだね。」
    「そのまま寝かしてあげましょう。」
    「そうしましょう。」

    BとLueの後ろから手足たちが覗きこみ、
    静かにすやすや眠るメメをみんなで眺めていると、
    家の扉が開き、黒顔のルーシーが入ってきた。
    「いつもいじわるなアップルハート家のみんなも連れてきたよ。」

    BとLueが目を合せてすこし渋い顔をすると、
    「いいじゃない。今日は特別。彼らも今日はみんなと楽しく過ごしたいんだって。」
    ルーシーが笑って言った。

    幸せのろうそくが灯る食卓をみんなで囲み、
    愛のある晩餐をみんなが笑顔でとっていると、
    手足が窓の外を指差した。

    雪?

    そして、誰かひとりが口ずさみ、
    その声にみんなの声がそれぞれ重なり、
    それが音色となって歌になる。

    静かな夜。
    暖かい食卓。
    一年が終わる。
    そして新しい幕が上がる。



    Happy?と彼は聞いた。
    ・・・うん、と彼女はうなずいた。
    だから雪は降ってきた。
    そう、そう今日、だった。

    Merry Christmas.
    Merry Christmas.
    Merry Christmas to you and me.

    クリスマスの、この夜を、あなたとわたしで過ごしましょう。

    Merry Christmas.
    Merry Christmas.
    Merry Christmas to you and me.

    クリスマスの、この歌を、あなたとわたしで歌いましょう。

    Merry Christmas.
    Merry Christmas.
    Merry Christmas to you and me.



    夜が更け、君はほほえむ。
    新しい、幕が上がる。
    満天の星が語り合う。
    そう、そう今日、だった。

    Happy New Year.
    Happy New Year.
    Happy New Year to you and me.

    新しい、この日を、あなたとわたしで過ごしましょう。

    Happy New Year.
    Happy New Year.
    Happy New Year to you and me.

    新しい、この歌を、あなたとわたしで歌いましょう。

    Happy New Year.
    Happy New Year.
    Happy New Year to you and me.

    世界中の、すべての、みんなに伝わりますように。

    dOVE AND PEACH.
    dOVE AND PEACH.
    Merry Christmas and a Happy New Year.

    君と僕、僕と君、月からみんなに伝えましょう。

    dOVE AND PEACH.
    dOVE AND PEACH.
    MERRY CHRISTMAS AND A HAPPY NEW YEAR!







    絵・文:十一
    『幻日本コジキ・ZAX:はじまり-世界の果ての見えない王国-』
    © 2017-2018 TOICHI INC. 













     


  • 2017.08.22
    琉花 写真展 「VOYAGE 2014−2017」
    editor:Palm maison

     



    琉花 写真展 「VOYAGE  2014−2017」

    会期:2017年8月18日(金)- 8月27(日)
    会場:AL(www.al-tokyo.jp
    住所:東京都渋谷区恵比寿南3-7-17 1F
    時間:12:00〜19:00
    電話:03-5722-9799


    モデルとして活躍中の琉花の初の写真展

    フィルムカメラを片手に写真を撮るために旅を始めた
    2014年から現在までの作品を展示。
    16歳から19歳の琉花がファインダーを通して感じた世界に触れてみて下さい。

    ※会場では作品の他にzine、ポストカード、Tシャツなども販売致します。
    在廊日などの情報は、当HP及び本人のInstagram (@tokyodays_luka) で随時お知らせ。



    【琉花 | luka PROFILE】
     1998年、東京都生まれ。
    モード誌、ビューティー誌、ライフスタイル誌をはじめ、CM、広告、MVなどで活躍の幅を拡げ、
    クリエイターからの絶大な支持を得ているモデル。
    父の職業が、旅の写真家ということもあり、写真と旅についての身近さは特に強く、
    幼少時より、バックパッカースタイルで30カ国以上を旅している。

















  • 2017.07.03
    My favorite things -モトーラ世理奈-
    editor:Palm maison


    モデルの域に留まらず、

    多方面で活躍中のモトーラ世理奈さんに

    最近のお気に入りのものを

    "3つ”見せていただきました。







    1. 友達が読んでいて、ずっと気になっていて買った本

    青春小説でこの夏に映画も公開されます。

    おすすめの本です。

    最近、もっとたくさん色々な本を読みたいと思っています。








    2. ロシアのLOMOカメラ

    いつも持ち歩いていて

    気になったものを色々と撮影しています。

    撮影した写真をまとめて、

    みんなでPHOTO ZINE本を出す計画があります。

    デジタルカメラよりも現像するまで、

    どんな写真が撮れているかが楽しみな

    フィルム写真が好きです。








    3. 赤目うさぎの携帯入れ

    うさぎが好きで、特にこの赤い目がかわいくて。

    携帯だけでなく、パスモやカメラなども入れて

    毎日持ち歩いています。





    My favorite things ♡



    モトーラ世理奈 (SO-EN MODEL)
    ・model
    ・1998年10月9日生まれ
    ・この夏には主演映画
    『少女邂逅』が公開予定


    photo : masaya maekawa


  • 2017.05.05
    こぎん刺しをめぐる旅/青森
    editor:chelsea maika

     

    文章・写真/チェルシー舞花 

     

    /////////////////////

     

    こぎん刺しを見てみたいなあ、と数年前からぼんやり思っていた。

     

    今、手に入るこぎん刺しの本を本屋や図書館で探し回って、ほれぼれしてみたり、小さな布で模様を刺してみた結果、総柄のこぎん刺しにかかるであろう圧倒的な時間と、幾何学模様の美しさにどんどん魅了されてしまった。

     

    どうしてこんな緻密な柄が生まれたんだろうか。いつかあの総柄のこぎんを見てみたい‥

     

    ふつふつと願っていたら、

     

    ちょうどこの冬、真っ只中で青森の弘前を拠点にして2ヶ月の間、泊まりこみで滞在している映画の撮影チームがいるのだった。
    同級生や先輩が撮影隊に参加していて、雪降る景色の写真を送ってきてくれている。
    彼らに会いに行こう。

     

    そして、"SUNDAY SEASIDE(http://sundayseaside.com)"という名前で活版印刷をしている鈴さんが青森に移住したのだった。
    パワフルな鈴さんとはいつの間にやら友達で、埼玉の朝霞に大きなスタジオをアトリエに活版印刷機でデザインと活版印刷の仕事をしていたと思ったら、あっという間に移住を決めて結婚をしてあっという間に子供がもう1歳になったという。

     

    会いたい人も、見たいものも降り積もってきたし、良い口実ができたところで。

     

    雪ふりつもる青森へ。

     

     

    ////////////

     

    こぎん刺し、はじまりの話

     

     

    今から200年あまり前、江戸時代のこと。

     

    北国での綿の栽培は難しく高級品で、津軽の藩から綿の服を着てはいけないという厳しい掟があったため、農民たちは自給自足できる麻の衣類を身につけていました。

     

    麻の種まいて自生させて刈り取って、糸に紡いで。それから反物に織って。衣類にしつらえて。

     

    織った薄い麻だけではとてもとても冬は越せないので、穴を埋めることによって布の補強と保温のためにこぎんを刺したといいます。
    この時代、女の子たちは5、6歳になると刺し子を習い始めて、模様は集落ごとに口頭や歌に乗せて模様を伝えいたそう。

     

    地域ごとの移動もそう簡単ではないため、各地の特色のあるこぎんが発達しました。
    綿を使ってはいけないという藩の掟があったけれども、北前船や近江商人の持ってきた綿の糸を被り物と、肌着の一部だけは使ってよし、というルールがあり、伝統のこぎんは麻の布に綿の糸で今に伝わるこぎん、という訳で。

     

    時は流れ、明治中期には鉄道が通ることによって木綿が手に入るようになり、こぎん刺しはまた花開きましたが、大正時代には衣類の入手も簡単になり、女性が織りや刺しから解放されて、こぎん刺しの文化はどんどんと廃れていきました。

     

    その後の昭和初期の民藝運動で、柳宗悦が「醜いこぎんは一枚もない。津軽の名もなき女性たち、良くこれほどのものを残してくれた」と改めてこぎん刺しを「用の美」の民藝品として発掘・再評価されました。

     

    盛り上がる民藝運動の波に乗り、当時の弘前こぎん刺し研究所の初代館長の横島直道を中心として地元の農家を一軒一軒周り収集と文様の調査が行われました。

     

    明治後期から30年近く経っていましたが、その頃にはまだこぎん刺しを経験した最後の世代が多く、話をつぶさに聞くことができました。
    日用品としては使われなくなり、すっかり蔵に眠っていたこぎん刺しの文様を復刻することができたのです。

     

    彼らの地道な調査無くしては今にこうしてこぎん刺しが残っていなかったのです。

     

     

    //////////

     

     

    (こぎん刺しのお話を伺ったのは、個人で収拾を続けていた佐藤陽子こぎん展示館を営む佐藤陽子さん。150~200年前のこぎん刺しを手にとって触らせてもらいながら。)

     

    さて。

    こぎん刺しは「モドコ」(”元”の模様に青森の言葉ではよく最後に”こ”をつける)という菱形の基本の模様を40個程組み合わせて織物のように縫い刺していきます。
    されに「囲み」や「流れ」と呼ばれる、繋ぎの模様、そこへ変形なども構成されると、可能性は無限大…!

     

     

    当時は青森の日本海側が津軽藩、太平洋側が南部藩と二分されており、地域によって気候や環境が違っていたため東こぎん、西こぎん、三縞こぎんに南部の菱刺しと特色が違ったこぎんが生まれました。

     

    何が違うかというと…

     

    西こぎんの特徴は、肩の地刺しと背中の魔除けの模様。そして前身頃の細かな模様。
    炭焼きで生活していたため、山から重たい炭を背負って折りたため、背には補強のために刺し子がほどこされていました。
    炭俵は一俵4貫目あるそうです。(1貫目=3.75kg、なので×4で、15kg)これを4俵背負ったので、すべてで60kg。(!!)
    これを山道を持ってくる。肩に負担がかかって服が弱りやすので肩に特に刺し子をして強くしていた。
    白い糸で刺しているところ、濃くなる所は藍染の糸でびっちりと。

     

    東こぎんの特徴は、水田地帯で、太めの麻糸で織った粗めの布に刺したものが多く、おおらかで一種類の模様が大胆に入っているもの。今では田んぼアートでも知られる地域。水田地帯なのでこちらでは基本の模様で、「畦道」「稲穂」や「猫の足」などがうまれたのではと言われています。田のあるところはお客さんの出入りも激しいのでなんとなく洒落っ気があったり。

     

    三縞こぎんは、前身頃に三本の縞が入っているのが特徴なものの、飢饉が3年に1度起きて、食べるのが精一杯で数が少ないという。
    佐藤さんの展示館に来た80過ぎのおばあちゃんが2回程来て、今、終活をしていると。身辺を整理していて、実家の蔵の中にこぎんがあった。ゴミと一緒に。調べたら、4代前のおじいちゃんが着ていたこぎんで。ここへ来て、こぎんてそんなに大事なんですか、と改めて知ったんだそう。
    だからこのへんの8割の農民だった人が生活の中にあまりに当たり前にあったから、今じゃもっと着心地の良いものがあるから、需要はないないわけでどんどん捨てられていて。

     

    佐藤さんも最初は、近所の人たちに、どうしてこぎんなんか改めて、と言われたんだそう。

     

     

    模様は、写真を見てもらうとわかりやすいかもしれない‥

     

     

    西こぎんの前身頃、右側。
    上から、地刺し/そろばん刺し/虫食い/矢の羽刺し奇数目数で刺すのが基本のこぎん刺しにおいて例外の「そろばん刺し」。偶数目で拾うので横長になるんだそう。
    あああ、なんて素敵。

     

     

     

    西こぎんの前身頃、左側。
    ふくべ/矢の羽刺しの糸流れ/

     

     

     

    西こぎん、野良着の後身頃。
    一番上の縞は一目づつ拾った地刺し。
    その下は魔除けの馬の轡つなぎ。そして矢の羽刺し。

     

    縞の下は馬の轡繋ぎ(くつわつなぎ)というもの。
    この模様は魔除けになっていて炭俵背負って山道を降りて来るので熊や蛇に襲われないようにという願いが込められている。
    西こぎんを見るとほとんどの背中に入っているそう。

     

     

    これは、二重刺しの裏側。
    一番初めの柄が残っている。
    ここから三重刺しともなっていくと、補強の意味などが強いために、模様を縦にも地刺ししていき、羽織ってみると重く、ちょっとの雨などはじくウォータープルーフに。

     

    刺したばかりの物は、丈・着丈を長くして、晴れ着、町着として。
    だんだんと着古してきたら、袖丈と着丈を少し短くして普段着に。
    最後に鉄砲袖にして丈も短くして、野良着へ。
    そして、油や土で汚れてしまって、これは野良着にもちょっとね、となってくると、藍で染めてまた着るという。

     

     

    この延々と大切につないでいくという感覚が、今じゃちょっと、到底想像がつかない。

     

     

    厳しい藩の制度がなかったら生まれていなかったであろうこぎん刺し。
    全国いろんなところに伝統工芸はありますが、藩で奨励した事業がほとんどの中、津軽のこぎん刺しは生活の中から自らが生み出されたものなのでした。

     

    今みたいに除雪機があるわけでもなしに、雪の時期はもうほとんど外に出ないで作られたこのこぎん刺したちにほとほと圧倒されて帰ってきました。

     

     

     

    //////////////////////////////////

     

    弘前こぎん研究所では今にこぎんを伝え、残していく活動をしている。
    こぎん研究所の製品を刺し子さんたちが在宅で縫い継いでいるそう。

     

    いまの暮らしにすっと寄り添う小物を作っている。

     

    巾着と、しおり、コースターなどなど、誕生日を迎えるアメリカのおばあちゃんの分と、もうすぐ誕生日の私の分とお揃いで。
    使うたびに相手のことを思えるなと。

     

     

    買った材料///////////////

     

    草木染めの糸。温泉のあるいわき荘の物販にて。
    宿の近くに住む人が染めたんだそう。

     

     

    佐藤陽子こぎん研究所でも、布とオリジナルに染めた糸を破格の値段で譲ってもらう。

     

     

    こぎん刺しのオリジナル商品を出している、手芸店「つきや」の布と糸も。

     

     

    ○今も手に入るこぎん刺しのおすすめ本。

     

    「津軽こぎん刺し 技法と図案集」(弘前こぎん研究所監修)
    「はじめての菱刺し」(蔵茂様美著)

     

     

     

    //////////////////////////////////

     

    最後に少し、映画の話。

     

    日仏共同制作の映画を青森に2ヶ月程滞在して撮影している彼ら。

     

    監督は、フランスの映画監督、ダミアン・マニヴェルと東京在住の映画監督、五十嵐耕平。

     

    2014年にスイスで行われたロカルノ国際映画祭で出会った2人。

     

    「デッサン」ある冬の日の少年の小さな冒険の物語。
    予測不能の天候と、予測不能に集中力の切れる7歳の小学生の男の子と、監督とのせめぎ合い。

     

    スタッフ皆が小学生に人気のベイブレードに詳しくなっていた。

     

     

    五十嵐さんの2015年に公開された映画「息を殺して」(http://ikikoro.tumblr.com)は是非、見て欲しい。

     

     

    /////////////////////////

     

    (photo/鈴木理恵)

     

     

    旅好き。古道具と行く直前はリサーチの鬼と化す。旅と運動用にハイテクインナーを買うのが好き。

     

     

  • 2016.10.04
    十一(日本画家)
    editor:Palm maison



    今回インタビューに答えてくださったのは日本画家の十一(トヲハジム)さん。

    9/20発売・Palm maison vol.016の068~075ページにて、

    物語調のページをディレクションしていただきました。




    ”Good-bye,Lucy” from Palm maison 016




    お邪魔したアトリエにて、

    とても印象的な1枚。



    凛とした瞳が印象的な彼女は
    インドでヨガ教室で教えていたとき
    知り合ったリトアニア人の女性が送ってくれた子供のころの写真を描いたもの。

    十一さんのお気に入りだそう。


    部屋の中のいろんな作品に登場する彼女。





    描くときは彼女のようなストーリーがそれぞれにあるのではなく、
    ビジュアルで単純に書きたいと思うものを作ることが多いそう。
    ビジュアルを作ってキャラクターを作っていくこともよくされるのだとか。


    モチーフはそのときそのとき描きたいものを描き、
    基本的には「日本画」という技法に落とし込んでいきます。 



    ***


    小鹿のバンビの絵。こちらを描いているところを実際に見せていただきました○










    知り合いの子供たちがみているアンパンマンなど
    子供のころ慣れ親しんだようなお話が
    自分の書いたものになれば…という思いから
    児童文学や本を書いてきだした十一さん。

    そんな理由から今回のPalm maisonはストーリー仕立てで
    ページを構成してくださいました。




    Palm maisonのページを考える際のラフ。



    基本的には絵しかかかないという十一さん。
    ファッション誌であるPalm maisonのページはモデルが入ることもあり、
    ストーリーを盛り込むことにしたそう。
    女の子が出てくるストーリーを考え
    モデルをはめ込む絵を考えて、ラフを作っていきます。

    こちらのページはたくさんの大きな穴が気になるところ。
    穴があると人は興味本位で覗きたくなります。
    自分はその人の背中を押したい。
    怖くなる、怖くなるけど落ちないことに安心感を感じる。
    また、暗い穴の中を歩いていて、光が見えたらうれしい、安心感がある
    人生とはそういうものだとおっしゃっていました。
    そんなことを考えられながら作られていたのですね。










    紙面ではすべて同じ大きさですが
    描きたいものなど、絵の大きさは大小さまざま。


    ***


    ページを作るとき、
    グラフィックや、カメラマンさん、スタイリストさんなど
    モノづくりに関わる人に
    作りたいイメージは伝えるけれど
    そのあとはそれぞれの感性にまかせて、
    出来上がるものを待つのだそう。
    投げっぱなしにすると、自分の想像とは違う出来上がりができてくる。
    それを見るのも楽しいと十一さん。
    ものを作る者同士、それぞれを尊重しあい、
    出来上がってくるものは受け入れるのだそうです。

    Palm maisonのページは
    いろんな人の化学反応で想像していたよりも
    ずっと良いページになったとおっしゃっていました。
    とてもかわいいページになっています♪♪


    もしも、自分の納得のいかないようなものが
    上がってきた場合はどうするのか疑問に思いましたが
    そういう場合も、自分以外の人には
    そういうニーズがあるのだと勉強になるそう。



    ***


    部屋の中には作ったものがたくさん飾られています。
    映像に登場したものも。

    壁に貼っている布は昔作品に使用していたものと同じ素材。
    床は岩絵の具の跡がたくさんついています。
    絵を描き続けてきた跡、時を重ねてできた
    テクスチャがかっこいいです。
    引っ越したらこちらを作品に使いたいそう。






    たくさんの作品を見せていただきました。

    制作を重ねてきた床にとても合います。




    かわいい女の子。





    作品のなかで、目がとても印象的ですが意識して目をきれいに、ということではないのだとか。
    ですが目を描く際には命を入れている、絵に生命を宿す感覚になるのだそう。
    使っていらっしゃる画材の墨とハイライトのコントラストも綺麗に映る理由の一つかもしれません。


    また、黄金の涙を流す絵も印象に残りますが、なぜ黄金なのでしょうか。

    涙を流すということは、”悲しい”ということではなく、感情があふれたときに流すものだというイメージなのだそうです。





    なぜ日本画を絵の技法として選んだのでしょうか。

    高校を卒業し、美大などにはいかなかったそう。
    世界で仕事をしたいと思っていた十一さんは
    日本らしいものがいいのでは、という思いから日本画を選びました。
    また、アクリルや油絵具よりも、日本画の岩絵の具や膠の画材は削ったり割ったり
    テクスチャをだしやすく、求めた質感が出せたのも理由がひとつ。


    最初は書家になりたく、勉強をしていたそうですが
    書には限界がある、世界で戦えないと感じた十一さんは日本画家を目指すことに。
    モノクロのような画面は炭と胡粉しか使っていないので水墨画や書と似た雰囲気にも。



    日本画だけど水墨画のようで、
    モチーフが現代風なところもおもしろさの一つでは、とお話しくださいました。



    これから描きたい絵について…

    見ている人が首根っこをつかまれるような絵を描きたい、と語ってくださった十一さん。
    きもちわるい、でもきれい、でも、なんでもなにかをと思わせ無ければ意味がない
    怖いとか、きれいとか、きもちわるいとか
    どんな感情でも、見た人の気持ちを揺さぶる何かを作らないと意味がないのだそう。




    最後に、なぜ十一という名前になさったのか伺いました。



    独学で勉強を始めて、様々なコンペに入りだした20代。
    入賞時に名前が必要になっていきましたが、そのときは名前がなくていいと思っていたそう。
    短歌の詠み人知らずのような、作品自体が良ければ書いた人の名前はいらないのでは、
    という思いから、コンペなどでも”名無し”という名前で出品していましたが、
    入賞がきまったコンペの主催者からの
    「この名前ではみている人が馬鹿にされているように感じるので、他の名前を考えてほしい」

    というような話がたくさんきたことがきっかけ。
    そんな流れで雅号を考えたとき、”名無し”を数字で考えると七四と書ける。

    それらを足して十一。
    十というのはこの世界の最大を、一は最小の値を表す、ということを辞書でみつけたそう。
    そんなすべてのことという意味合いをもった名前にしようと苗字・名前に分けて十一(トヲハジム)という雅号に。

    また
    十一を縦書きにすると地面に立つクロスになり、
    ご両親が敬虔なクリスチャンだったそうで、そのような意味合いも含めてもよいのでは、という思いもあったそうです。










    これからも活躍が楽しみな十一さん。

    お時間をいただきありがとうございました!



    ◇Favorite artist◇

    ゲルハルトリヒター
    ジュリアンシュナーベル
    サイトンボリ



    十一(トヲハジム/ TOO HAJIMU)
    日本画家
    ノンジャンルな日本画の手法を駆使する孤高の画家。国内外での個展、グループ展、その他イベント等、活動の幅は広い。
    ブルガリアで開催された「International DIGITAL ART Festival
    DA」や、ベルギー・ブリュッセルで開催された「InterART city」及び「Beyond Art
    Nipponia」に参加し、また上海、台湾でのアートフェスティバルに多々参加する。
    銀座アップルストアーでの「Art meets Mac」イベント参加やアパレル企業、ブランドとのコラボレーションも多い。
    http://toohajimu.com

  • 2016.09.20
    ちゃま (collage artist)
    editor:Palm maison



    Palm maison vol.13から参加してくださっている
    アンティーク調の色味と
    ちょっと不思議な世界観に
    惹き込まれるコラージュが魅力の
    コラージュアーティスト・ちゃまさん。



    ページもご本人もキュートなちゃまさんにお話を伺いました。







    ちゃまさんの過去のPalmのページたち。

    こんなコラージュを作ってくださっています。




    Palm maison vol.14より



    Palm maison vol.15より






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





    Q. デザイン・製作のアイデアはどこから?
    A. 寝る前のムーディな雰囲気が好きで、
    寝る前に電気を落として、音楽をかけて。
    そんな雰囲気の中で思いつくことが多いです。
    構図などを考えるときは
        純喫茶か寝る前のムーディな雰囲気の中。

    アイデアは寝る前や
        起きてすぐのときによく思いつくので
    枕元置いているノートにメモします。
    すぐにメモを取る癖があって
        思いついたことはメモ。
    好きな言葉やパーツから思いついたりも。





    最近かけている音楽は映画アメリのサウンドトラックだそう。
    キャンドルも好きなんだとか。





    Q. パーツはどんなところから?

    A. フリマや蚤の市、骨董市がすきで、
      いろいろ集めています。
      古い外国の雑誌を扱うお店もあるので、
      買ってきて眺めたり。
      色味、大きさは加工せずそのまま使います。

      買ってまだそのまま置いてある雑誌も…





    どんな道具から
    コラージュが生まれているのかも
    きになるところ。


    使っている道具をみせていただきました






    ・・・

    Palmのページをつくるときには
    ラフを考えて、
    それに沿って撮影したモデル写真を使い
    コラージュをしていくそう。







    Q.  ページをつくるときの期間はどれくらい?

    A.  全部で2週間ほど。
       土台をつくるのに1週間、
         撮影したモデルさんを
         その中にはめこむのに1週間。






    Q. セピアがかかったような
        アンティーク調なページの色味と雰囲気は
      昔の雑誌やアイテムなどを使っているから?

    A. 昔の雑誌の切り取りなどもそうですが
        意図的にそういう雰囲気にしたくて、
      ページの色味を調整してもらっています!
      くすませた色味が好きなんです。





    過去の作品も見せていただきました○



    今回見せていただいた作品たち。
    ちいさな豆本がかわいい。
    すべてのページにコラージュが。




    初期のコラージュ。背景は自分で描いているそう。



    Q. ちなみに、Palmのページに
    よくおじさんが登場するのは…?

    A. 気づいていなかったです!そうでしたか?










     


    こちらはオルゴールにコラージュ。
    ねじをまわすとかわいいオルゴールが…♪









    9月20日発売
    Palm maison vol.16の新作も
    見せていただきました○

    紙面では伝えきれないくらいの
    遊び心たっぷりなコラージュたち。

    よくみるとちいさなおもちゃや人形、コインが。
    実は半立体なコラージュたち。
    紙面をよくよく見て探してみると
    違った面白さが見えてきます♪







    Q. 今回のPalmのテーマはどう決めましたか?

    A. 本がすごく好きで本をテーマに
        したものをつくりたかったんです。
        昔、猫を飼っていたので
        猫をテーマにもしたかったけれど
        素材がなく、諦めることに…



    Q. ページを作るときはどんな順序で?

    A. 先にラフを作って全体像ができてから
        あそこの素材をどこに…など きめていきます。










    ラフをみせてください!









    サーカスみたいなページや
    組体操をしている、
    シンプルでアートなページの案も**
    次回のPalmのページに
    なることもあるのでしょうか。。。




    思いついたやりたいアイデアを練り、
    実際にある素材と相談しながらつくっていくそう。










    紙面でみなさまにお届けしている
    Palm maisonのページですが
    ちゃまさんのページは半立体。
    先ほどのちいさなおもちゃたちのみならず、
    たくさんのアイデアが飛び出しています☆







    こちらのページは実際の棚に、
    立体的になるようにモデルさんが重なって
    配置されています。
    たくさんのケチャップからのぞく
    モデルさんはとってもキュート。


    平面的なものよりも、
    もっと立体的な作品をつくりたい!
    とお話してくださったちゃまさん。



    Q. 今回のPalmのお気に入りのページは?

    A. 整理された机の上と
     ちらかった机の上が対になった2ページ。
        (Palm maison vol.16 P.64-65)
       本が破れてモデルさんの口と目がでていて…
       ずっと作りたかったページなので
       できてうれしいです。





    Q. つくるときに聞く音楽などは?

    A. TMレボリューション!





    ページとしてはもちろん、
    ミニチュアや切り抜きのパーツも
    見れば見るほどかわいい。
    蚤の市などで見つけてきた
    お気に入りのパーツを使うのは
    もったいなくって使うことを躊躇してしまいそう。


    ちゃまさんも最初は
    そう思っていたそうですが
    自分が”いいな”と思うものでないと
    見る人もほしいと思わないのでは、
    と気づいたそう。

    そこからはお気に入りたちも
    作品にどんどん使うように。






    絵本を作るのが夢で
    絵も描いていたちゃまさん。

    Q. コラージュを始めたきっかけは?

    A. きっかけはコラージュアーティストのkouさんにあこがれて。

    ちゃまというアーティスト名も、kouさんから呼ばれていた呼び名だそう。





    やりたいと思ったことを実行できるように
    ひとつひとつ、こつこつと
    一気にはできなくても、やっていきたい。






    と  お話ししてくださったちゃまさん。

    とっても素敵なお話ありがとうございました♪








    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



    コラージュアーティスト
    ちゃま chama
    http://wonder-chama.jimdo.com/



    ◆Favorite book
    ミヒャエル・エンデ著 はてしない物語

    ◇Favorite brand
    AHCAHCUM
  • 2013.08.29
    nao (illustrator)
    editor:Palm maison

     

         

     

     

      

     

     

                 

     

     

       

                                    

        

     

      

     

     

     

     

                 

     

      

     

     

     

     

     

     

     

     

     

        Nao    /    illustrator


           福岡デザイン専門学校卒業後、2006年渡英。
           イギリス国内でのライブペインティングや、Tシャツのデザイン、
           グループ展や個展などの活動を経て2011年帰国。

           日本ではファッションブランドとのコラボレーションや
           書籍や雑誌のアートワークを制作している。

           2009年に音楽活動を始め、フランスのレーベルMONSTERK7から
           発売されたコンピレーションアルバム『music for toys 3』に参加。
           2011年にアメリカのレーベルdynamophone Recordsからアルバム『hakoniwa』とコラージュブックを発売。

     

           < talk>

           無表情の作品多い。無表情が好き。
           特に偉そうな顔が好き。
          10年前から。

           

     

           official homepage

           http://flavors.me/naopon

     

     

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

     

    Palm maison × Nao

     



     「La pluie」 (Palm maison 009 movie)

     

     

     




      「 PING PONG PEARL 」 (Palm maison 008 movie)

     

     

    Palm maison vol.009  P60-P67  「La pluie」/ Art Work

     

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇  

     

     

  • 2013.08.22
    Atelier Kohno (Papier-mache)
    editor:Palm maison

     

                                       Atelier Kohno  (Papier-mache) / アトリエコウノ

     

     

                                       Atelier Kohno  (Papier-mache) / アトリエコウノ

     

     

        Atelier Kohno  (Papier-mache) / アトリエコウノ

     

        Atelier Kohno  (Papier-mache) / アトリエコウノ

                                    


     
         Atelier Kohno  (Papier-mache)

     

      2010年末から大阪で制作スタート
    2012.3/8-3/25 ATELIER KOHNO展(家ie gallery/space/cafe)
    2013.6/18-6/30   ATELIER KOHNO展3(6c galerier,bibliothek&design)
    2013.8/30-9/1  あちゃちゅむムチャチャ撮影会(8/30のみ)&展示(@roomROOM)

     

     

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

     

                    

                  Atelier Kohno  (Papier-mache) / アトリエコウノ

                    

                  Atelier Kohno  (Papier-mache) / アトリエコウノ

     

                      Atelier Kohno  (Papier-mache) / アトリエコウノ                                

     

                      Atelier Kohno  (Papier-mache) / アトリエコウノ

                                                                                                          @Palm maison //ATELIER KOHNO exhibition 

     

     

     

     

    Palm maison × Atelier Kohno  (Papier-mache)

     

    Palm maison store 芦屋店 ATELIER KOHNO exhibition  (張り子作品展示) 2月19日(火)~3月3日(日) 

     

     

     

    Palm maison vol.008 P52-P59

    Palm maison vol.009  cover  P04-P15

     

                                                                          ☆Palm maison orignal movie☆ 

     

                  

     

     

     

     

     

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇  

     

     

        offical homepage

        http://atelierkohno.wix.com/atelier-kohno  

1 2OlderOldest »

online storehttp://www.store.palm-jpn.comashiya store#2 14-10 Uchidekozuchicho
Ashiya-shi Hyogo JAPAN
GUSTAVE HIGUCHIYUKO

Japanese/English
ページの先頭へ戻る